24.05.01 改稿
トキワシティを北に抜けると、カントー地方最大の森林『トキワの森』が広がっている。
青々と茂る木々によって覆われたそこは薄暗いものの、所々差し込む太陽の光のおかげで恐怖を感じることはなかった。
「かげぇ」
「マソラ、日が暮れる前に抜けちゃおう」
日の当たる位置でぼんやりと空を見上げるマソラに声を掛けて、次の目的地であるニビシティへと歩き出す。
「やっぱり虫ポケモンが多いんだなぁ」
スマホでトキワの森について調べると、生息しているポケモンの情報が出てきた。主にキャタピーやビードルといった、むしタイプのポケモンが多く棲み着いているようだ。特に気をつけなければならないのはビードル。どくタイプを併せ持つため、毒消しは必須だと記されている。もちろん、ショップで購入済みだ。
それに、ほのおタイプであるヒトカゲはむしタイプに強い。対策さえとっていれば、難無く森を抜けられるはずだ。
「頼りにしてるよ、マソ……ラ?」
足元を見るが、その姿はない。辺りを見回してもいない。
「マソラ!? どこ行ったの……!?」
あの子がマイペースな脱走犯だってことはわかってたのに、早速見失ってしまった。
「マソラ!」
「かげ」
もう一度大きな声で呼びかければ、茂みの向こうからひょっこり顔を出した。ほっと息をついたのもつかの間。
「ぴかちゅ」
マソラの後ろから、ぴこぴこ動く黄色くて長い耳が飛び出してきたのだ。
「……へ?」
思わず間の抜けた声が出てしまう。
「かげ、かげかぁげ」
「ぴかぴか」
驚く私をよそに、二匹はのんびりと会話(?)を繰り広げている。
「……えーと、ピカチュウ?」
「ぴかぁ」
マソラが連れてきたお友達――『ねずみポケモン』のピカチュウは私を見上げて首を傾げた。
ピカチュウといえば、その可愛さで多くのトレーナーに人気だが警戒心が強く、捕獲が難しいと聞いたことがある。
しかしこのピカチュウは人慣れしているのか、逃げ出したり電撃を発する様子もなかった。
「もしかして、トレーナーさんがいるのかな?」
「ぴか?」
しゃがみこんで、ちょいちょいと誘うように指を動かせば不思議そうに鼻先を近づけてくる。
「マソラ、どこから連れてきたの?」
「かげ」
マソラは茂みの向こうを指差しただけだった。うん、そうだね……そこから出てきたもんね……。
「君のトレーナーさんはどこ?」
「ぴかちゅ」
ふるふると首を横に振られる。まさか、野生なのだろうか。
「君目当てでここをうろうろしてる人、たくさんいるだろうに……」
「かげ、かぁげ」
「うん? どうしたの、マソラ」
私の足をぺちぺちと叩いたマソラが、鞄を叩いてくる。開けると、手を伸ばしてごそごそ漁りだしたかと思えば新品のモンスターボールを取り出した。
「……まさか、捕まえろって言ってる?」
「かげ」
こくりと頷かれた。縮小化しているボールを受け取ってスイッチを押すと、瞬時に大きくなる。
さて、どうしようか。ピカチュウって実際に触れ合うのは初めてだったけど、確かにすごく可愛い。人気者なだけある。
マソラとも仲良くなってるみたいだし、旅の仲間が増えるのはきっといいことだ。
「……一緒に、来る?」
ピカチュウの目の前にボールを置く。ピカチュウは私とボールを交互に見つめた後、ボールのスイッチに触れた。
ぱかりと開いたボールから赤い光線が出て、ピカチュウを包み込むとボールの中へ消えていく。それから間もなく、かちりと音が鳴った。
「……捕獲、完了?」
「かげぇ」
ボールを手に取って、軽く放り投げる。中から飛び出してきたピカチュウはぐーっと伸びをすると、私とマソラを見て笑った。
「ちゃあ」
「これからよろしくね、ピカチュウ」
「かげ〜」
ゆるく手を挙げたマソラに、ピカチュウも合わせて手を挙げる。そしてハイタッチまでしていた。この短い時間ですごく仲良しだね、君たち……。
「君にも名前つけてあげないとな〜」
スマホの機能を使って、ピカチュウの情報を確認する。どうやらオスらしい。
「う〜〜〜〜ん…………」
ピカチュウ。オス。黄色い。黄色いといえば……今日の朝ご飯、玉子焼きだったな……。玉子、玉子か……。
「ツキミ、とかどうかな?」
「ぴっか!」
頷いてもらえてほっとする。まさか玉子の黄身からきているとは思うまい。
「よし。それじゃあ先に進もうか。マソラ、今度は勝手にどっか行っちゃ駄目だよ」
「かげぇ」
「もちろん、ツキミもね」
「ぴか」
これ以上暗くなって視界が悪くなるのは怖いし、野宿なんてハードルが高すぎる。日没までには抜けてしまいたい。
幸い、トキワの森は新人トレーナーがよく利用するということもあって、道もあるしマップもしっかりと用意されている。問題なく進んでいけるはずだ。
今度はマソラとツキミを見失わないよう彼らから目を離さないようにして、ニビシティへの道のりを再び歩き出した。