24.05.01 改稿
「バトルかぁ。緊張するね」
「かげぇ」
「そういえば、マソラってどんな技が使えるの?」
「かげ?」
「技だよ。炎タイプだから……【ひのこ】とか?」
「かげっ」
「ひょわっ!?」
マソラは顔を空に向けると小さな火の玉を吐き出した。
「びびびびっくりした……急に出しちゃ駄目だよ……危ないから……」
なるほど……【ひのこ】は使えるのか。
「他に何ができるの?」
「かげー……かげっ」
マソラは小さく首を傾げた後、手をしゅっしゅっと前に出し始めた。
「え……何……シャドーボクシング……?」
「かげぇ」
首を横に振られた。そしてもう一度同じ動作をしてくれる。
「んー……あ、わかった!【ひっかく】じゃない?」
「かげ!」
今度は頷いてくれた。やったー!
「他にはある?」
「かげぇっ」
マソラは喉の辺りをぺちぺちと叩いた。
「んん? んー、あー、喉……声?【なきごえ】?」
「かげ!」
正解らしい。拍手してくれるマソラに照れくさくなる。
どうやら現時点でマソラが覚えている技はこの三つのようだ。
「えっと確か、タイプに合った技の威力は上がるんだっけ? ってことは基本は【ひのこ】で攻めていくのが――」
「あーーーーーーっ!!」
「!?」
突然の大きな声に肩が跳ねる。え、何事?
「貴様か! ヒトカゲを選んだトレーナーとやらは!」
「……はい?」
大声の主は、ずかずかと私に近寄ると仁王立ちして睨みつけてきた。
……貴様とか、人生で初めて言われた……。
「あの、どちら様でしょうか……?」
「僕の名前はナナセ。最強のドラゴン使いになる男だ」
「はあ……」
綺麗なさらさらストレートのピンクの髪を肩の辺りまで伸ばした男の子……だと思われるその子は、可愛らしい顔を不機嫌そうにしかめている。
「人が名乗ったのだから、そっちも自己紹介ぐらいしたらどうなんだ」
「え、あ、はい。すみません……。アヅサっていいます」
「アヅサ、僕と勝負しろ」
「ええ!? 急になぜ!?」
「ポケモントレーナーは目と目が合ったらバトルするんだよ! 常識だろう!」
「は、初耳〜……」
そんな決まりがあるのか……気をつけよう……。
「手持ちはヒトカゲだけだな?」
「そうです、けど」
「なら一対一だ。いくぞ!」
ナナセくんは距離を取ると、懐からボールを取り出して投げた。開いたボールからは一筋の赤い光が差し、ポケモンの形を作る。
「だね!」
現れたのはフシギダネ……恐らく、オーキド博士のところにいた子だ。
「かげぇ〜」
「だねだねっ」
さっきぶり、と言うようにマソラが手を挙げると、フシギダネもつるを出してゆらゆらと動かした。
「フシギダネ、ヒトカゲに【つるのムチ】だ!」
「っ、マソラ、避けて!」
ナナセくんが出した指示により、フシギダネが出していたつるをマソラの方へと伸ばしてくる。
咄嗟にこちらも指示を出すが、マソラは一撃食らってしまった。
「【ひのこ】!」
「避けて【たいあたり】!」
向こうもマソラが吐いた火の玉をいくつか避けたが、何発かは当てることができた。
「【ひっかく】で立ち向かって!」
接近戦には接近戦と、ぶつかってきたフシギダネの顔面を小さな爪で引っ掻くマソラ。
「つるで拘束しろ!」
フシギダネがつるでマソラの両手を掴んでくる。引き離そうとわたわたと暴れるマソラにこっちまで焦ってくる。
「っま、マソラ!【ひのこ】!」
「させるか! 上に放り投げろ!」
ふわりと宙に浮き上がるマソラを見て、足が勝手に動いた。
「絶対受け止めるから【ひのこ】ーーーー!」
「っかげぇ!」
一瞬、青空を溶かし込んだ丸い瞳と目が合ったような気がする。
マソラは空中落下しながら、何度も火の玉を出した。
「フシギダネ!」
ナナセくんの声と、私がマソラを受け止めたのはほぼ同時。
「ま、マソラ……大丈夫?」
「かげぇ」
勢いが強くて尻餅をつきながらも、私はマソラに大きな怪我がないか確認する。
ゆるく返事をするマソラを見て、ほっと胸を撫で下ろした。
「おい」
「はい!」
いつの間にかナナセくんが目の前に立っていてふんぞり返っている。
「あ、ご、ごめん、バトルの途中だったよね?」
「終わった」
「え?」
「フシギダネは戦闘不能だ。ヒトカゲが出した【ひのこ】が当たって」
「そっ……か……」
勝った、のか。私は……いや、私たちは。
「トレーナーがバトルに乱入するな。下手すると大怪我じゃ済まないぞ」
「は、はい……すみません……」
「次は負けない」
「え?」
ナナセくんの顔を見上げて、ひゅっと喉が鳴った。
赤い目が、強く燃えて私を睨んでいる。
「お前みたいな、ぺこぺこへらへらした危機感のない女に負けたままでいられるか」
吐き捨てるように言われた言葉をはっきりと理解する前に、ナナセくんは私に何かを握らせた後すたすたと去っていく。
「えっ、あの、これ……!」
渡されたのはお金だった。理由がわからなくて呼び止めるも、ナナセくんの足は止まらない。
「賞金だ! 黙って受け取れ!」
こちらを振り返ることもなくそう言って、内面の過激さとは裏腹の可憐な姿は、だんだんと見えなくなっていった。
「……なんか、怖い子だったね……」
「かげぇ?」
なんというか、初めて接するタイプだったのでどうすればいいのかよくわからない。……なんて言えるほど、そこまで知り合いも多くないのだけれど。
「とりあえず、勝った!」
「かげ!」
マソラとハイタッチならぬロータッチをして勝利を分かち合う。
こんな形になってしまったけれど、初めてのバトルが白星なのは事実だ。
マソラはまだ元気そうだけど、私が気力体力使い果たした感じがするのでひとまず家に帰ろう。
ご飯とおやつを食べて英気を養ったら……また、バトルしに行こう。
怖かったり焦ったりしたけど……すごく、楽しかったから。