03 旅に、出ます

24.05.01 改稿

 さあ、冒険に出発だ! ――と、その前に。

「おじいちゃん、ただいまー」

「かげぇ」

「おかえり」

 玄関ではなく、縁側の方へ向かうとおじいちゃんがタバコをふかしていた。

「ヒトカゲ、私のパートナーになったよ。マソラって名前つけた」

「おう、そうか」

「それでね、ポケモン図鑑ももらった」

「なんだ、あいつの研究手伝わされんのか」

「手伝うっていうか、まあ、そうなるのかな……」

 あんなすごい博士のお仕事をお手伝いするのかぁ。なんか不思議な感じ。

「ねえ、おじいちゃん」

「あん?」

「……私、マソラと一緒にヨシノへ帰ろうと思う」

 ジョウト地方のヨシノシティ。それが、私が住んでいる街の名前。
 本当なら、マサラから出ている船に乗ればすぐに帰ることができるのだけど。

「グレン島の噴火で、まだマサラの船は動いてねえ。ってことぁ、ヤマブキからリニアに乗って帰るんだな?」

「うん」

 航路の途中にあるグレン島で、大きな噴火があった。街一つ溶岩で埋まってしまうほどの災害だ。
 その影響で、マサラ発の客船は運行を中止している。
 他の家族より先におじいちゃんの家に遊びに来ていた私は、帰るに帰れなくなってしまっていた。

「手持ちのポケモンがいれば、野生のポケモンに襲われても対抗できるし……それに私、冒険してみたいなって思う。とりあえず家に帰るまで、だけど」

「……『約束』はもういいのか」

 つきん、と。胸の奥が痛んだ。

「かげ……?」

 マソラがどこか不思議そうに私を見つめてくるので、笑顔を返す。

「うん、いい。……きっともう、覚えてないよ」

「……お前が決めたことだ。俺がこれ以上どうこう言うことじゃあないわな」

 おじいちゃんは自分の隣に置いていた灰皿にタバコを押しつけると、すくっと立ち上がった。

「いつ出るつもりだ?」

「準備でき次第、かなぁ。早くても明日」

「よし。明日出ろ」

「えっ、いいの」

「どっちにしろ、必要なもん揃えるのにトキワに行かなきゃなんねえ。往復すんのは手間だろ」

 確かに。トレーナー用品が豊富な大きいお店はトキワシティまで行かないといけない。

「アヅサ、お前は今すぐ母親に連絡いれろ。そのスマホの番号も教えとけよ」

「う、うん」

 私は靴を脱ぎ捨てて家の中に入る。マソラもぴょんとジャンプして私の後ろをついてきた。
 パソコンをつけて、ヨシノシティの自宅に連絡を入れる。お母さんは少し心配そうだったけど、おじいちゃんから許可をもらったことを伝えてマソラの姿を見せれば「気をつけて帰っていらっしゃい」と言ってくれた。

「おじいちゃん、お母さんに電話したよ。待ってるって」

「よし。こっちもちょうど用意できたとこだ」

「用意?」

 おじいちゃんは居間のテーブルに大きな地図を広げていた。カントー地方とジョウト地方がのっている。

「マサラからトキワ、トキワの森を抜けてニビまで来たらルートが二つ選べる」

「二つ?」

「お月見山を抜けてハナダを通るルートか、ディグダの穴を抜けてクチバを通るルートだ」

「へー……」

「ポケモンリーグに挑戦するためジムを回る奴が使うのはハナダを通るルートだが、さっさとジョウトに帰るならディグダの穴一択だな。……お月見山は工事も行われてるっつってたし、こっちの方が安全かもしれん」

「ニュースで言ってたね。通り抜けやすくするとかって」

 生息するポケモンのことを考えて長期の工事をしているらしい。終わるのは来年の予定だとか。

「ま、そこら辺はお前がどうするか決めろ。ジムは挑戦して損はない。バッジがあれば空や水の上をポケモンで移動するための免許になる」

「……考えてみる」

 ポケモンリーグにはあんまり興味ないけど、ポケモンで空を飛んだり水上を移動したりはやってみたいし。

「クチバに着いたら北にあるヤマブキに向かって、リニアに乗る。そうすりゃ、あっという間にコガネに着くはずだ」

 ジョウトで一番大きな街、コガネシティだ。お父さんの職場があって、家族でデパートに行ったことが何度かある。

「コガネからはキキョウを通ればヨシノに着く。アヅサ、あまりふらふらせず先に家帰って直接顔を見せてやれ。旅の続きをどうするかはその後決めろ」

「うん、わかってる」

 私はどこかの誰かさんみたいに、ろくに家も帰らず出ずっぱりなんて真似はしない。

「それから、これ持ってけ」

 おじいちゃんが渡してくれたのは現金三千円と、旅に必要なものが書かれたメモだった。

「これを買っておきゃ何とかなるだろう。無駄遣いすんなよ」

「ありがとう!」

 おじいちゃんは私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた後、しゃがんでマソラの頭も撫でた。

「こいつのこと、頼むぞ」

「かげー」

 マソラはとてもゆるい鳴き声で返事をした。

「……大丈夫か?」

「すごくマイペースみたいだけど、多分大丈夫だよ」

 マイペースなのは私も一緒だ。

「アヅサ、そいつを連れて一番道路にでも行ってこい」

「えっ、なんで?」

「ポケモンバトルだよ。自分の手持ちの実力は知っておけ。……あのオーキドが新米トレーナーのために育ててるポケモンだから、弱いってことはないだろうがな」

「ぽ、ポケモンバトル……」

 そっか。これからポケモンを連れて旅に出るっていうなら、避けては通れないことだよね。

「ここらにいるトレーナーなら、お前みたいな新米ばかりのはずだ。気負う必要はねえよ」

「う、うん。マソラ、いけそう?」

「かげ?」

「バトル」

「かげぇ」

 …………多分、大丈夫だ。うん。

「簡単な回復設備ならうちにもあるから。そこそこで帰ってこいよ」

「はーい。じゃあ、行ってきまーす!」

「かげー」

 縁側に脱ぎ捨てていた靴を再び履いて、私はマソラと共に一番道路へ向かうことにした。