01 雨のち、晴れ

 今日は曇り空だったので出かけようか迷ったのだが、日用品も少なくなっていたし仕方なく出かけることにした。
 普段ならこんなこと、お母さんに任せきりだけど、今はおじいちゃんと私しかいないこの家では家事を手伝わなければならない。
 案の定、家に帰る頃には雨が降り始めていて、両手が荷物と傘でいっぱいになってしまった。
 出かけ先のトキワシティから、おじいちゃん家のあるマサラタウンまで、そう遠い距離ではない。
けれども、大量の荷物や雨で体も心もへとへとだった。
 ようやく家が見えてきて、玄関先でふうっと息をつく。庭に回れば縁側があるので、荷物だけでもそっちに置いておこう。

「……なんかいる」

 縁側には、先客が座っていた。
 火が点った尻尾をゆらゆらと揺らしながら、灰色の空を眺めている小さな生き物。
 生き物の目が、こちらへと向いた。
 まるで、あの雨雲の向こうに隠れている、澄み渡った青空のような目をしたその生き物は。

「……かぁげ」

 そう一鳴きすると、再び空を見上げた。
 ――これが、私と彼との出会い。

◇◆◇

 とりあえず、雨の中突っ立ったままも嫌だったので縁側から帰宅する。
 縁側は居間に繋がっており、いつもならおじいちゃんはそこらに座ってテレビでも見ているはずだがいない。と、いうことは一服タイムだ。

「おじいちゃん、ただいまー。庭になんかいるんだけどー」

「おお、おかえりアヅサ。なんかってなんだ」

 換気扇のあるキッチンで煙草を吸っていたおじいちゃんは、私の言葉に眉をしかめる。怒っているわけではない。おじいちゃんはいつもこんな感じだ。

「ポケモンだよ。縁側に座ってる」

 おじいちゃんは煙草を灰皿に押し付け、めんどくさそうに居間へと移動する。

「オーキドんとこのやつか」

「オーキドって、ポケモン博士の?」

「おお。新米トレーナーにあげるやつだ。脱走でもしたか」

 おじいちゃんはけらけら笑っているが、それって大丈夫なんだろうか?

「人様の家を雨宿りに使うとは、なかなか図々しいやつだな」

「おじいちゃん、オーキド博士のとこに連絡してあげてよ。もしかしたら探してるかもしんないし」

「めんどくせえ」

「おじいちゃん、お願い」

 おじいちゃんがしぶしぶ奥に引っ込んでいく。恐らく連絡しにいったのだろう。なんだかんだ、きっちり物事をこなす人だから。
 私は空を眺め続けるポケモン――ヒトカゲに声をかける。

「ねえ」

 ヒトカゲはこっちを向いて首を傾げる。

「お腹、空いてない?」

 ぐう、と音が鳴る。ヒトカゲ、のものではなく。

「私は空いてる」

 仕方ないじゃん。大荷物抱えて帰ってきたんだから、小腹も空くよ!
 荷物を片付けてから、居間のテーブル(冬はコタツになる)の上に本日のおやつを出す。
 茶色くて細長い直方体のそれは。

「じゃじゃーん、シンオウ名物『森のヨウカン』でーす!」

 トキワシティのスーパーで全国銘菓フェアなるものが行われており、つい心惹かれて買ってきたものだ。ちょっとお高いおやつだけど、今日は思いがけない珍客もいるし、別にいいよね。
 包丁で食べやすいサイズに切り分けて小皿に乗せる。

「はい、どうぞ」

 ヒトカゲの前に差し出すと、興味深そうにふんふん嗅いでいる。

 ちなみにヒトカゲ、テーブルの高さと目線が同じくらいだったので、私が小さい頃イス代わりにしていた台の上に乗っけてあげた。
 一頻りヨウカンをチェックしたヒトカゲは、ぱくりと一口。

「おいしい?」

「かげ~」

 頷くヒトカゲ。なんだか目もきらきらしている気がする。
 私も自分の分を切り分けて、フォークでさらに食べやすいサイズにしてから口に放り込む。

「おいし!」

「かぁげ、かぁげ」

「おっ、何? おかわり? ちょっと待ってね~」

 ヨウカンを指差して催促するヒトカゲに、もう一切れヨウカンを与える。

「電話してきたぞ~……って、いいもん食ってるじゃねえか。俺も食う」

「はいはーい」

 どかっと座ったおじいちゃんにもヨウカンを切り分けた。

「それで、博士はなんて?」

「今から引き取りにくるってよ。そいつ、脱走常習犯らしい。ふらふら勝手にお散歩~ってな」

「そっか。お迎え、来るって。よかったね」

「かげ~」

 聞いているのかいないのか、ヒトカゲはヨウカンを満喫中だ。

「そういや、明日は新米トレーナーがポケモン貰いに来る日だったな。そいつもそうなんじゃねえか」

「そうなの?」

「かげ?」

 うーん、大丈夫かこの子。
 この子のパートナーになる人は随分振り回されそうだなぁ。
 ヨウカンも食べ終わり、食後にあったかいお茶を飲んでいた時だった。
 来客を知らせるインターホンが鳴り「はいはい」とおじいちゃんが玄関に向かう。
 やってきたのは白衣を着た男の人。その人はヒトカゲを見るとほっとしたように見えた。雨が降っていたので、どこかで弱っているのではと捜索していたらしい。

「ほら、来たよ。おうちにおかえり」

 ヒトカゲはちらっと研究員さんを見上げて、何事もなかったかのようにヨウカンのおかわりを要求してきた。

「しょうがない。お持ち帰り用に切り分けてあげよう」

「ったく、贅沢な奴だな」

「すみません、その子すごくマイペースで……。しかし羊羹が好きだなんて初めて知りました」

「あ、あの、よかったらこの子のトレーナーになる人にも教えてあげてください」

「わかりました」

 朗らかに微笑む研究員さんにヨウカンを入れたタッパーを渡す。

「研究員さんにヨウカン預けたからね」

「……かげ」

 ヒトカゲはふるふると首を横に振る。

「ん? どうした?」

「かげ、かぁげ」

 こちらに手を伸ばすヒトカゲの考えがよくわからず首を傾げていると、

「もしかして、ヒトカゲはあなたを気に入ったのかもしれません」

「えっ」

 研究員さんの言葉を聞いて、私はヒトカゲに「そう、なの?」と尋ねる。
小さく頷くヒトカゲ。

「えっ、あ、うれしい、けど、でも」

 どうすればいいかわからず、それ以上言葉が続かない。

「でもも何も、お前がこいつのパートナーになればいいじゃねえか」

「そんな簡単に……」

「互いに気に入ってんなら、オーキドも文句はねえだろ。なあ?」

「あっ、はい。博士なら大丈夫かと」

 結局、研究員さんは「博士に伝えておきますので明日の朝、ヒトカゲと一緒に研究所へ来てください」と帰っていった。渡したヨウカンはそのままプレゼントした。「実は僕も好きなんです、羊羹」と喜んでいた。

「……これからよろしく、ってことになるのかな?」

「かげ?」

 お互いに首を傾げたので、思わず笑ってしまう。
 いつの間にか雨は上がっていた。