35 闇に呑まれて

24.05.01 改稿

 暗闇の中、走り続ける。夜空を舞う小柄な鳥ポケモンから目を離さない。
 ――本当に、突然だった。ポケモンセンターで借りた部屋で休んでいると、その鳥ポケモンは開けた窓から飛び込んできたのだ。ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てながら、まるで最初から狙っていたかのようにサクの入ったボールを掴み、バタバタと入ってきた窓から外へと飛び去っていく。
 そのポケモン……『くらやみポケモン』ヤミカラスを追って、私は怒りの湖へと必死に走っていた。

「よくやった、ヤミカラス」

 湖のほとり。一人の男が立っている。腕に乗せたヤミカラスからボールを受け取ると、ぽんぽん軽く放り投げて弄んでいた。

「……返して、ください」

「返せ? それはこっちの台詞だよ。お嬢さん」

 男――行商人は私を見て、へらへらと笑う。昼間見たときから思っていた。胡散臭い、笑顔。

「このイーブイは元々『我々』のものだ」

「……ロケット団……」

 男は何も言わない。だけど、崩れない笑顔が物語っている。
 こいつが、こいつらが。サクを傷つけた。だからあんなに怯えていたんだ。サクには、こいつが何者かわかっていたんだ。
 どうして、あの時すぐに街を離れようとしなかったんだろう。ぐっと、唇を噛み締める。

「いやあ、驚いたよ。まさかこいつとこんなところで再会できるとはなあ。お嬢さん、あんな強いポケモン連れてて見る目がないねぇ。……こいつ、弱っちいだろう?」

「サクは弱くありません」

「サクぅ? ああ、名前か……。随分可愛がってるみたいだなぁ? ってことは愛玩用か? いいねえ。見た目が可愛いポケモンはそれだけで価値がある。つまり、金になるってことだ」

「――えせ」

「あ?」

「サクを返せ!!」

 私の叫びに、男は動じない。へらへら、へらへら。愉しげに笑って、ボールを指先でくるくる回す。

「いいぜ。返してやるよ。――ただし、お前のつよ〜いポケモンたちと交換でな」

「……」

「はは、できねえよなあ? 可愛いだけの弱いペットと、立派に育った強いポケモン。どっちを選ぶ方が賢いか、考えなくてもわかる」

「黙れ」

「俺は別にどっちでもいいんだよ。これはこれで使い道がある。どっかの好事家に高い金で譲ってもいい。うちの研究者どもにくれてやれば、実験台として……」

「黙れ!」

「……さあ、どうする? お嬢さん。こいつか、それ以外か」

 答えなんか決まっている。

「お前なんかに、うちの子たちは渡さない。……サクも私の頼れる相棒だ。いつまでも汚い手でべたべた触るな!!」

「――やれ、ヤミカラス」

 私目掛けて突っ込んでくるヤミカラス。それを気にする必要はない。ただ、呼べばいい。

「マソラ――――!!」

 漆黒の空から急速に降りてくる影。真っ赤な炎が、辺りの闇を蹴散らす。

「ぐおおおお――――!」

「っ……!」

 熱に怯んだ男がボールを取りこぼす。それを受け止めたのは、黄色い閃光。

「ぴかっ」

 ツキミの声にほっとしたのもつかの間。何かに頭を殴られる。

「ギャア! ギャア!」

 黒いものが覆い被さって、顔や頭に鋭い痛みが走った。必死に手を動かして追い払おうとするが、なかなか離れていかない。

「っんのクソガキが! いけ! アーボック! そのガキをぶっ殺せ!!」

「シャーー!」

 別のポケモンが迫ってくるのがわかる。だけど、これ以上何もできない。――マソラ、ツキミ、ミスミ。

「……サク……っ」

「ぶい……っ!!」

 サクの鳴き声が、大きく響いた。