24.05.01 改稿
『チョウジタウン』はジョウト地方で一番小さい街だ。『忍者の里』と呼ばれていて、大昔は忍びの隠れ里だった……なんて逸話も残っているらしい。
あと有名なのは、街の北にある『怒りの湖』だろうか。それにちなんだ銘菓『いかりまんじゅう』はジョウト名物でもある。
街唯一の商店で早速購入しにいく。もちろん、相棒たちにもふるまった。マソラが一番嬉しそうな顔をして食べていた気がする。『もりのヨウカン』といい、和菓子が好きらしい。
「お嬢さん」
「えっ」
突然声をかけられて肩が跳ねる。にこにことこちらに笑顔を向けているのは、大きな荷物を背負った若い男の人だった。
「観光かな?」
「え……あ、はい……ジムに挑戦を……」
「へぇ、ジム! お嬢さん、随分とお強いトレーナーさんなのかな? 連れているポケモンたちもご立派だ!」
マソラたちを見定めるような目線に、胸の奥がざわつく。……なんか、この人……。
「ああ、急に声をかけてびっくりさせたよねぇ。僕はここら辺で定期的に露店を出しているんだ。行商人、みたいな感じかな。よかったらうちの商品を紹介するよ」
男は背負ったリュックをごそごそ漁ると、ピンク色の塊を取り出した。どこか見覚えのある形をしている。
「……なんですか、これ?」
「『ヤドンの尻尾』だよ。珍味なんだ。知らない?」
「はあ……」
ヤドンの尻尾。通りで見覚えがあるはずだ。確か切っても生えてくるらしいけど……。
「ちょ〜っとお値段張るけどね。最高級の一品だ。どうだい?」
「……すみません。遠慮、しておきます」
「そうかぁ……残念だなぁ……」
あからさまに眉を下げた男はヤドンの尻尾をしまうと、軽く頭を下げた。
「それじゃあ僕はこの辺で。ジム戦、頑張ってね」
「……ありがとう、ございます……」
男が去っていくのをしっかり見送ってから、マソラたちを順番にボールに戻していく。不快な思いをさせてしまったかもしれない。ゆっくり休ませよう。
「サク、ボールに――」
つま先に違和感。足元を見ると、そこにはぶるぶると身体を震わせているサクがいた。
「サク?」
しゃがんでそっと手を伸ばす。びくりと大きく身を震わせたサクが、おずおずと私を見上げた。つぶらな黒い目が、うつろげに私の顔を映す。
「……大丈夫だよ。大丈夫」
頭を撫でて、小さな身体を抱き上げる。ぽん、ぽん、と背中をさすってあげる。
「ごめんね。怖かったね」
感情を表に出さないサクが、こんなにも怯えている。きっと、男の視線が怖かったのだろう。過去に似たようなことがあったのかもしれない。……あんな、値踏みをするような目で、見られていたのかもしれない。
「……私たちがいるから。サクを、守るから」
だから安心してほしい。そんな気持ちを込めて、サクの背中を撫で続けた。しばらくすると、小さな寝息が聞こえてきて。顔を覗きこむと、サクは目元を涙で滲ませながら眠っている。
……明日、朝イチでジム戦に行こう。勝つつもりでいくけれど、負けてしまってもこの街から離れた方がいい気がする。マソラに頼めば、近くのエンジュシティまでひとっ飛びだ。
そう決めて、ポケモンセンターに向かう。明日に備えて、今日はしっかり休むことにした。
その日の夜。私はとてつもなく後悔することになる。
――サクが、さらわれた。