34 忍びの里に潜む不穏

24.05.01 改稿

 『チョウジタウン』はジョウト地方で一番小さい街だ。『忍者の里』と呼ばれていて、大昔は忍びの隠れ里だった……なんて逸話も残っているらしい。
 あと有名なのは、街の北にある『怒りの湖』だろうか。それにちなんだ銘菓『いかりまんじゅう』はジョウト名物でもある。
 街唯一の商店で早速購入しにいく。もちろん、相棒たちにもふるまった。マソラが一番嬉しそうな顔をして食べていた気がする。『もりのヨウカン』といい、和菓子が好きらしい。

「お嬢さん」

「えっ」

 突然声をかけられて肩が跳ねる。にこにことこちらに笑顔を向けているのは、大きな荷物を背負った若い男の人だった。

「観光かな?」

「え……あ、はい……ジムに挑戦を……」

「へぇ、ジム! お嬢さん、随分とお強いトレーナーさんなのかな? 連れているポケモンたちもご立派だ!」

 マソラたちを見定めるような目線に、胸の奥がざわつく。……なんか、この人……。

「ああ、急に声をかけてびっくりさせたよねぇ。僕はここら辺で定期的に露店を出しているんだ。行商人、みたいな感じかな。よかったらうちの商品を紹介するよ」

 男は背負ったリュックをごそごそ漁ると、ピンク色の塊を取り出した。どこか見覚えのある形をしている。

「……なんですか、これ?」

「『ヤドンの尻尾』だよ。珍味なんだ。知らない?」

「はあ……」

 ヤドンの尻尾。通りで見覚えがあるはずだ。確か切っても生えてくるらしいけど……。

「ちょ〜っとお値段張るけどね。最高級の一品だ。どうだい?」

「……すみません。遠慮、しておきます」

「そうかぁ……残念だなぁ……」

 あからさまに眉を下げた男はヤドンの尻尾をしまうと、軽く頭を下げた。

「それじゃあ僕はこの辺で。ジム戦、頑張ってね」

「……ありがとう、ございます……」

 男が去っていくのをしっかり見送ってから、マソラたちを順番にボールに戻していく。不快な思いをさせてしまったかもしれない。ゆっくり休ませよう。

「サク、ボールに――」

 つま先に違和感。足元を見ると、そこにはぶるぶると身体を震わせているサクがいた。

「サク?」

 しゃがんでそっと手を伸ばす。びくりと大きく身を震わせたサクが、おずおずと私を見上げた。つぶらな黒い目が、うつろげに私の顔を映す。

「……大丈夫だよ。大丈夫」

 頭を撫でて、小さな身体を抱き上げる。ぽん、ぽん、と背中をさすってあげる。

「ごめんね。怖かったね」

 感情を表に出さないサクが、こんなにも怯えている。きっと、男の視線が怖かったのだろう。過去に似たようなことがあったのかもしれない。……あんな、値踏みをするような目で、見られていたのかもしれない。

「……私たちがいるから。サクを、守るから」

 だから安心してほしい。そんな気持ちを込めて、サクの背中を撫で続けた。しばらくすると、小さな寝息が聞こえてきて。顔を覗きこむと、サクは目元を涙で滲ませながら眠っている。
 ……明日、朝イチでジム戦に行こう。勝つつもりでいくけれど、負けてしまってもこの街から離れた方がいい気がする。マソラに頼めば、近くのエンジュシティまでひとっ飛びだ。
 そう決めて、ポケモンセンターに向かう。明日に備えて、今日はしっかり休むことにした。
 その日の夜。私はとてつもなく後悔することになる。

 ――サクが、さらわれた。