24.05.01 改稿
マソラの炎とは異なる、まばゆい輝き。それと同時に、顔の周りにいたヤミカラスの姿が消えた。
「……ぶらぁっき」
静かな声だった。真っ赤な瞳が、私を見下ろしている。そっと肌を撫でたぬくもりは、すぐに消え去ってしまう。
「お前、進化できねえんじゃなかったのかよ……!」
男が叫んでいる。進化。誰が?
「……サク……?」
私の呼び声に、応える声はない。けれど、倒れ込んだ私に背を向けているその子が、ゆっくりと頷いた気がした。
「まあいいさ。てめえもそいつらもぶっ倒して持って帰りゃ、俺の株は上がる。幹部に成り上がるのも夢じゃねえってなあ!」
アーボックが口を大きく開けて、サクに飛びかかる。それをひらりと避けたサクがアーボックの背中に後ろ足で蹴りを入れた。
地面に沈んだアーボックの背中に乗り上げ、彼らしからぬ大きな声を上げる。湖の静寂を奪うような騒ぎを受けて、アーボックは起き上がることはなかった。
「っクソ、クソ! なんでだよ。弱かっただろうが。できそこないだっただろうが。なんで、なんで、なんで――!」
取り乱す男を見て、サクはくすくすと笑っている。嘲るように、哀れむように。
「くぁ」
ひとしきり笑い終えたサクが、小さなあくびを漏らす。しばらくすると、男はその場で崩れ落ちた。
男の様子を見守っていたサクが、湖に向かって鳴く。すると、水面からサポート役として待機させていたミスミが顔を出す。
ミスミが男に向かって小さな『こおりのつぶて』を繰り出すと、男の足元が氷漬けになった。拘束した、ということだろう。
「ぶらぁっき」
凍りつく男をぼんやり眺めていると、サクがすぐそばにいた。ぺろ、と頬を舐められる。
「……しんか、したんだねぇ」
目の前にいるのは小さなイーブイじゃない。艶やかな黒い毛並みと赤い瞳を持つ『げっこうポケモン』ブラッキーだ。
「ぎゃくに、まもられちゃった、なぁ」
守るよ、と。約束したばかりだったのに。
「こわいおもいさせて、ごめん」
「……」
サクはじっと私を見つめていた。ふ、と小さく溜め息をつく。そして……こつりと。自分の額を私の額に優しくぶつけてきた。
「らぁっき」
「……うん」
目を閉じると、溢れ出た涙が頬を伝う。傷に沁みて、ぴりぴりと痛い。でも、そんなことどうでもよかった。
だって、サクが――立派に咲きほこったサクが、そこにいる。
「サク……きれい、だねえ」
そう言うと、サクは柔らかく微笑んでくれた。
◇◆◇
あの後、気絶してしまった私をマソラがポケモンセンターまで運んでくれたらしい。ロケット団が関わっていたこともあり、警察が来る大事になってしまった。
頭や顔の傷は大したことなく、まめに薬を塗ってさえいれば傷跡が残ることもないらしい。サクが傷の様子を気にするので、早く治ればいいなと思う。
「アヅサちゃん!!」
病室に勢いよく飛び込んできたのは、仕立ての良さそうなスーツをよれよれにして顔に汗をかいた男の人。この人物を、私はよぉく知っている。
「お父さん」
「可愛いお顔傷だらけにして!! 入院してるって連絡来てパパはもう心臓が止まるかと思うたわ!!」
「ぐぇ……」
めいっぱい抱き締められて息が詰まる。
「しゃー!」
「あ? なんやお前」
「お父さん、私のポケモンにメンチ切らないで」
「先につけてきたんはこいつやけど!?」
サクに威嚇されて嫌な顔をするお父さんをたしなめる。このひと、なぜか知らないけれどポケモンに嫌われる体質なのだ。唯一の手持ちとはそれなりに上手くやっているみたいだけれど。
「アヅサちゃん、一回おうち帰ろか。ママも心配してるし」
「……ううん。お母さんには、ちゃんと私から連絡するから。このまま、旅を続けさせてほしい」
「アヅサちゃん」
「おじいちゃんにも、言うから」
「…………全く。誰に似たんやろうなぁ」
やれやれと肩を竦めるお父さんが、ぽんぽんと私の背中を撫でた。
「ママとおじいちゃんに駄目って言われたら、即連れて帰るからな」
「うん。ありがとう、お父さん」
「……たくましくなって……さすが僕とママの愛の結晶やで……」
「……」
ちょっと気持ち悪いな、と思ったことは伏せておこう。
――こうして、サク誘拐事件は無事に幕を下ろした。解散したはずのロケット団が出てきたことには驚いたけれど……今後、何事も起こらないことを願いたい。