32 うなれこぶし、もえさかれほのお

24.05.01 改稿

 マソラとニョロボンが睨み合う。私もシジマさんも、お互いに残り一体のみ。緊迫した空気が漂っていた。

「わはは! いいぞー! 楽しくなってきたなぁ!」

 豪快に笑うシジマさんが気合たっぷりに拳を突き出す。ニョロボンも真似していた。

「ニョロボン、【のしかかり】だ!」

「マソラ、避けて【きりさく】!」

 飛びかかってきたニョロボンを素早く避けたマソラが、鋭い爪で斬りかかる。

「【きあいパンチ】で応戦だあ!」

「【きりさく】で対抗して!」

 ニョロボンが拳を繰り出し、マソラが爪でいなす。激しくぶつかり合う姿に、自然と手を握りこんでいた。

「なかなかやりおる! よぉしニョロボン、どーんと一発決めてやるぞ!」

 マソラと距離をとったニョロボンが大きな水の塊を生み出す。

「【なみのり】!!」

「っ……【かえんほうしゃ】!」

 水の塊は広範囲に広がり、マソラに襲いかかる。これは避けられない……!
 波は熱によって僅かに蒸発したものの、全てをかき消すことなどできなかった。

「マソラ!」

 前足を構えて耐えきったマソラの体はびしょびしょに濡れている。きっと苦しいはずなのに、空色の瞳から闘志は消えていない。

「よくぞ耐えきった! だがこれで終わりだ!」

 再び距離を詰めたニョロボンが拳を振り上げる。マソラはふらつきながらも爪で受け止めた。
 思い出すのは、マツリカさんとのバトル。膝をついたマソラに、よくがんばってくれたねと駆け寄ろうとした。
 あの時の私は、負けたと。諦めたのだ。

「マソラ!!」

 しっかり前を見て、胸を張って、せいいっぱい声を張り上げる。
 大丈夫。マソラの炎は燃え盛っているから。――信じるって、決めたんだ。

「【かえんほうしゃ】!!」

 マソラの身体が光り輝く。それは見覚えのある輝き。
 真っ赤な夕日色の身体は、ヒトカゲの時に似た夕焼け色に染まる。より大きく育った背中には、それに見合う立派な翼。

「ぐぉぉぉお――――!!」

 気高く吠えた竜のブレスが、フィールドの熱を上げていく。一瞬だけ怯んだニョロボンは、直ぐさま体勢を整えて【きあいパンチ】を繰り出した。

「受け止めて!」

 リザードの時よりもたくましくなった身体は、しっかりとその拳を掴んだ。両翼を強く羽ばたかせると、その勢いに乗ってニョロボンを投げ飛ばした。

「ぐぁう!」

 翼から生み出された風の刃が、地面に叩きつけられたニョロボンの身体を切り裂いていく。土煙に囲まれたニョロボンが起き上がってくる気配は、ない。

「――ニョロボン、戦闘不能。よって勝者、ヨシノシティのアヅサ!」

 審判が、私たちの勝利を告げているのが聞こえる。だけど、今はそれどころじゃなかった。
 ゆっくりと降り立ったマソラが、私を見下ろしている。目線を合わせるように少しだけ首を下げたマソラの空色の瞳が、じっとこちらを見つめていた。
 出会った頃は、大きな宝石みたいだったのに。リザードになったらちょっと鋭くなって。今はもう、涼しげな眼差しだ。

「マソラ」

「……ぐるるぅ」

 うんと低くなった声で鳴いた後、前足の指を一本立てる。
 その姿に、目の奥が熱くなった。

「マソラは、すごいなぁ……っ」

 雨雲を吹き飛ばす風のように。雲の向こうの青空のように。
 私の初めての相棒は、いつだって私の不安をどこか遠くへ持っていってしまうのだ。

「進化、おめでとう……!」

「ぐぁう」

 思わず抱きついた私を難なく受け止めて、大きな翼で囲ってくれる。全身を包み込む温もりに、とうとう耐えきれなくなった涙が溢れ出した。