次の目的地はタンバシティ。41番水道を渡った先にある街だ。アサギシティから出ている連絡船に乗っていくのが一般的なのだが。
「くぅ」
波間で「乗りな!」と言わんばかりに黒い瞳を真っ直ぐ向けてくるミスミに苦笑いを返す。だけど、わくわくしている自分もいた。
ポケモンの背中に乗って海を渡る。憧れるひとは多いのではないだろうか。
繋がりの洞窟に向かったときは、みずタイプでもひこうタイプでもなく……いや、ひこうタイプではあった。ネイティを連れているトレーナーにお願いして【テレポート】で運んでもらったのだ。
「ミスミ、タンバシティまで連れてってくれる?」
「くぅう」
こくりと頷いたミスミの背中に乗り上げる。『のりものポケモン』と呼ばれるだけあって、ごつごつとした背中の安定感はすごい。座る位置を調整してから、もう一度ミスミに声をかけると緩やかにヒレを動かし始めた。
徐々にスピードが上がり、潮風が吹き抜けていく。揺れる海面からは、時折ポケモンらしき影が泳ぐ姿が見えた。
「♪〜♪♪〜」
心地良さそうにミスミが歌う。だからだろうか。芯から冷えるような澄み切った歌声は、肌を撫でる潮風のように爽やかで柔らかく聞こえた。
浜辺はすっかり遠くなって、辺り一面海が広がっている。まさしく地に足がついていない状態なのだが、不思議と恐怖は感じなかった。
「あ……」
島が見えて、思わず声が出た。一瞬タンバシティかと思い、スマホのマップアプリで調べる。
「あれが『うずまきじま』かぁ……」
元々は大きな一つの島だったと言われている。しかし島を挟んで争いを続ける人間たちに怒った海の神様が、島を四つに引き裂いた……という伝説が残っているのだそうだ。
「♪〜……?」
ミスミの歌が不自然に止まる。どうしたの、と様子をうかがおうとしたその時。
「……何か、聞こえる」
雷のような低い音。空を見るも、晴れ渡っていて雨が降りそうな感じはしない。
「くぅ」
ミスミがぱしゃぱしゃと海面を叩いた。そして気がつく。――この音は、海の底から響いているのだと。
「……何か、いるの?」
揺らめく海面を見つめる。海の中は静かだ。……先ほどまでいたはずの、野生ポケモンがいないから。
「……♪〜」
ミスミが歌を再開して進み出す。それに合わせるように、海が鳴った。
そして――大きな影が、海中を悠々と流れていく。泳ぐ、というよりは飛んでいるように見えたその影は、海の奥底へと消えていった。
「……神様?」
「くぅ」
さて、どうでしょう。ゆらゆらと長い首を左右に揺らしたミスミが、そう言った気がする。
うずまきじまを四つに分けた、海の神様。嵐を呼び、また鎮めるとされる。
その名前を、ルギア――というらしい。
◇◆◇
タンバシティに着いたのは、遠くの空が赤く染まり始めた頃だった。
「ミスミ、ありがとう。すごく快適だった」
「くぅう」
当然、とばかりにつんと澄ました顔をするミスミの首を撫でる。
「今日はゆっくり休んでね」
ミスミをボールに戻して、ポケモンセンターに向かう。今日は宿泊して、明日ジム戦に挑もう。
確か、タンバシティのジムリーダーはシジマさんという人で、かくとうタイプの使い手だ。こおりタイプであるミスミと、ノーマルタイプのサクは不利なのでお休みとして……ということは、マソラとツキミで挑むことになる。
相手の出方にもよるが、最初はツキミに特攻してもらって、しんがりをマソラに務めてもらう……という、いつもの戦法なら安定している、はずだ。
「明日、がんばろうね」
マソラとツキミのボールを撫でれば、応えるように小さく揺れた。
きっと、私たちなら大丈夫。――それは、バッジを五つ得た私の、慢心だったのかもしれない。
「ピカチュウ、戦闘不能!」
小さな体が、私の目の前まで吹っ飛んでくる。目を回しているツキミを抱き上げて、お疲れさまと言ってからボールに戻した。
仁王立ちしているジムリーダー、シジマさん。そして彼が最後の砦として出してきた『おたまポケモン』ニョロボン。
相性は良いはずなのに……パワーで押し負けた。私の判断ミスだ。初戦のオコリザルから連戦させてしまったツキミは、疲れていたはずだから。
ポケモンバトルは相性が重要。もちろんそれだけではないことも理解している。……今まさに、ニョロボンがそれを覆してきた。
緊張で震える体を、深呼吸で静めていく。しかし、次のボールを取る手は迷って動かない。
そんな私を叱るように、一つのボールが大きく揺れた。
「……任せても、いいの?」
呟いた声は情けないほど弱々しい。でも、ボールの揺れは止まらない。
いつも、そうだ。きみはこういうとき、臆病な私を支えてくれる。
「――お願い、マソラ!」
「ぎゃう!!」
任せろと吠えるきみと一緒に、勝利を掴もう。