エンジュシティの西側、39番道路を越えた先にはジョウト最大の港町――『アサギシティ』がある。
私が住んでいるヨシノシティも港町だけれど、アサギシティの方が規模が大きい。カントー地方だけでなく、もっと遠くの地方に行くための大きな船が出るぐらいだ。
街のシンボルともいえる大きな灯台があり、遠くまで照らす光源はポケモンが作っているのだという。
そんな異国情緒あふれる街で、私たちは五つ目のバッジを手に入れようと奮闘していた。
「リザード、戦闘不能!」
審判の声が高らかに響く。気絶したマソラをボールに戻して、小さな声で労いの言葉をかけた。
目の前には大きな鋼鉄の塊がずらりと並んでいる。『てつへびポケモン』のハガネールだ。その後ろに見えるのは、少し気弱にも見える穏やかな雰囲気の女性。アサギジムジムリーダーのミカンさん。はがねタイプのエキスパート。
ミカンさんとの初戦はコイルだった。麻痺状態には苦戦させられたものの、【かえんほうしゃ】を覚えたマソラが圧勝した。しかしハガネールは相性が悪い。素早さは高くないが、麻痺状態を残していたマソラの動きは鈍く、【いわおとし】を食らってしまった。
私の相棒たちは、ハガネールと相性が悪すぎる。――唯一の希望に、すがるしかない。
「ミスミ、お願い……!」
ボールから出てきたミスミは、大きなヒレをぺたりと大地につけるとほんの少し不機嫌そうに唸った。……後で海に連れて行ってあげよう。
「ネール、【いやなおと】!」
ハガネールが金属の体を軋ませる。フィールドに響き渡る不快な音に、ミスミはますます機嫌を悪くしたようだった。
「♪〜!」
冷たい海の音色が、金属音を掻き消していく。不協和音にすらならない。ミスミの歌声が、この場を支配していた。
「【みずのはどう】!」
波打つ水の塊が、ミスミの声に圧倒されていたハガネールに直撃する。じめんタイプでもあるハガネールにはかなり厳しいはずだ。
「音が駄目なら……ネール、【すなあらし】!」
「ぐおおおお!」
ハガネールが吠える。すると、バトルフィールドに砂が舞い始めた。視界が悪くなり、砂粒が肌に当たると地味に痛い。
「くるるぅ……」
乾燥した空気が嫌なのだろう。ミスミが深く溜め息をつく。
「【アイアンテール】!」
「っ【みずのはどう】で跳ね返して!」
砂塵から現れた巨大な鋼の尾がミスミに襲いかかる。咄嗟に対応できたものの、このフィールドではミスミはまともに動けない。
きっと水や氷の上なら、ミスミも素早く動けるのに……。
「――ミスミ、地面に【みずのはどう】!」
「そこにネールはいませんよ……!」
わかっている。今の狙いはハガネールじゃない。
「濡らした地面に【こおりのつぶて】!」
「!」
ほんの一瞬、ミスミと目が合った。ミスミはぶつけたら痛そうな氷の塊ではなく、空気を冷やすような細かい氷の粒を地面に放つ。
「行って、ミスミ!」
「! これは……氷のフィールド……!?」
即席で作ったスケートリンク。長くは保たないだろう。だからもう決める。
「【みずのはどう】!」
砂の嵐を掻い潜り、ミスミが氷上を滑っていく。ハガネールが反応するよりも早く、波紋を撃ち込んでしまえば――その巨体はぐらついた。
地響きと同時に【すなあらし】が止む。目を回して倒れているハガネールを見たミカンさんは目を丸くして……困ったように微笑んでいた。
「ハガネール、戦闘不能! よって勝者、ヨシノシティのアヅサ!」
ようやく肩の力が抜ける。即席のスケートリンクはひび割れていて、少し泥水っぽくなっていた。
ミスミはその上を移動したくないのか、ハガネールにとどめを刺した位置に居座っている。
「ミスミ」
駆け寄って呼びかけると、長い首をもたげてこちらを見つめてくれた。黒い瞳に苛立ちは見えない。静かな夜の海のようだ。
「ありがとう。お疲れさま」
ゆっくりと手を伸ばし、首を撫でる。砂ぼこりのせいか、少しだけかさついていた。
「……♪」
ゆっくりと目を閉じたミスミは、小さくハミングする。苛立ちは収まったらしい。
「後で、海に行こうか」
「くぅ」
私の誘いに、満足げな鳴き声が返ってくる。それにほっとしていると、ミカンさんが控えめに声をかけてくれた。
「あ、あのう……」
「! ミカンさん、今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ……! あなたとポケモンの信頼を感じる、いい勝負、でした」
信頼、か。マソラはともかく、ミスミとはまだ出会って間もない。……だけどバトルをしているとき、そういうものを感じとれた……気がする。
「アヅサさん、でした……よね?」
「は、はい!」
「その、えっと、ごめんなさい。私ジムリーダーなのに、あんまりこういうの、上手く言えなくて……」
もじもじとした様子で話すミカンさんには、なんだか親近感が湧く。……出会ったばかりで失礼かな、なんて思うから言えないけれど。
「これからも、がんばってください」
「……はい!」
ふわりと微笑むミカンさんからのエールに、しゃんと背筋を伸ばしてから頷く。
ジョウト地方のバッジを半分以上手に入れても、私はまだまだトレーナーとして未熟だ。ジムに挑戦するたび、危機を自ら乗り越えるポケモンたちを見るたびに、そう思う。
もっと、みんなの信頼に応えられる……そんなトレーナーになりたい。ううん、なるんだ。
そのために、がんばっていこう。