29 まいこはんと、咲き乱れし花々

24.05.01 改稿

 エンジュシティに着いたら、行きたいと思っていた場所がある。
 『歌舞練場』という名前のそこでは、華やかな着物を身にまとった綺麗な女性たちが、舞台の上でくるくると踊っていた。
 彼女たちのそばには、パートナーであろうポケモンたちが一緒に踊っている。そのポケモンたちには、ある共通点があった。

「ほら、サク。みんな、サクが進化するかもしれないポケモンたちだよ」

 女性たち――舞妓さんのパートナー。それは、イーブイの進化形だった。
 でんきタイプのサンダース、みずタイプのシャワーズ、ほのおタイプのブースター……エスパータイプのエーフィに、あくタイプのブラッキー。
 他にもいるらしいけど、舞妓さんたちが連れているのはこの五種類。
 昔、舞妓さんたちにインタビューをするニュース番組を見たときにイーブイの進化形たちを連れていたのを思い出し、ぜひサクに見せてあげたいと考えていた。
 サクが将来どの進化形を選ぶのか。その手助けになればいいな。
 舞台をじーっと見つめるサクの頭を撫でていると、一人の舞妓さんが舞台から降りてこちらに近寄ってきた。

「かいらしいポケモン連れてはりますね」

「へっ!? あ、ありがとう、ございます……」

 鈴の鳴るような声で話しかけられて、どぎまぎしてしまう。
 舞妓さんは袖で口元を隠しながら、くすくすと笑った。

「ふふ、懐かしわぁ。ねえ、ブラッキー」

 名前を呼ばれたブラッキーが、きゅるると喉を鳴らして舞妓さんに甘えている。

「もう、何に進化させるか決めてはるん?」

「あ、いえ……サク、えっと、この子がなりたいものに……なってほしくて……だから、この踊り場に来たんです。参考に、なるかな、って」

「あら、せやったらぶさいくなところは見せられまへんなぁ。うちらとねえさんがたの踊り、よう見て楽しんでいっておくれやす」

「は、はい。ありがとうございます……!」

 優雅に会釈して舞台へと戻っていく舞妓さんの後ろ姿を見送る。どきどき高鳴る胸を撫で下ろして、ほっと息をついた。

「舞妓さんとブラッキー、綺麗だったね」

「…………ぶい」

「サクは、気になるところある?」

「…………」

 練習の邪魔にならないよう、ひそひそとサクに話しかける。サクは何も言わず、ただただ舞台を見つめていた。

「サク、あのね。どっちでもいいんだよ、私」

「……」

「サクが進化しても、しなくても。どっちだっていい。私はサクが、サクらしくありたい姿で、いてほしいから」

「……」

「他の進化形も……あと三種類くらいあるんだって。本当はこんな風に実際どんなポケモンなのか見せてあげたいけど……なかなか難しいから、後で図鑑一緒に見てみようね」

「……ぶい」

 虫取り大会のこと、ミスミのこと。これをきっかけに、サクは前よりももっと心を開いてくれた気がする。だって出会った頃のサクなら、他のポケモンと積極的に関わるなんてことしなかったと、思う。
 サクは少しずつ、自分の世界を広げていっている。――それはきっと、私も同じだ。
 私たちは、これから先どうしたいとか、どうなりたいとか、まだまだ不確定で。それがほんの少し怖かったりも、して。
 でも、怖いだけじゃない。わくわくや、どきどきもあるんだってことを……この旅で、知ったから。サクも、そうだと思うから。
 きみに助けてもらうだけじゃなくて――お互い、支え合っていけるように。
 サクのパートナーとして、もっと安心できる存在になれるよう……私なりに、頑張っていこう。