24.05.01 改稿
ラプラス――ミスミを仲間にした私を、ヤナギさんは笑顔で褒めてくれた。
「若者は時折無茶をするもの。まだまだ荒削りだが、君は良きトレーナーとして成長していくだろう」
そう言って、私たちを次の目的地であるエンジュシティまで送って去っていった。
『エンジュシティ』。ここもキキョウシティ同様、歴史的建造物を多く残す風情のある街だ。特に有名なのは街の両端にそびえ立つ二つの塔。しかし片方は大昔に火事によって燃えてしまい、煤けてボロボロになってしまっている。
他にも観光名所はあるが、それはさておき。
「ゲンガー、【シャドーボール】!」
「マソラ! 避けて【りゅうのいぶき】!」
妖しく輝く紫色の光球がマソラに向かって放たれる。ひらりと身を躱したマソラは青白い炎を吹き出した。
「影に隠れるんだ!」
ニヤリと笑ったゲンガーは足元の影にずぶずぶと消えてしまう。……厄介すぎる……!
――現在、私たちはエンジュシティのジムリーダー、マツバさんに挑戦中だ。マツバさんはゴーストタイプの使い手。直接的な攻撃よりも【さいみんじゅつ】からの【あくむ】や【のろい】といった、トリッキーな技を使ってくる。前半はツキミが奮闘してくれたが、このゲンガーにやられてしまった。
「【ふいうち】!」
「っ……!」
「マソラ!」
影から飛び出したゲンガーがマソラの背後に素早く回る。一撃を食らったものの、マソラは倒れることなく踏ん張っていた。
「【ほのおのキバ】!」
「ぎゃう!!」
接近してきたことを活かして、マソラがゲンガーに食らいつく。
「そのまま【ひのこ】を撃ち込んで!」
火の玉と共にゲンガーが吹っ飛ぶ。土煙が舞い、その中にゲンガーの姿は――ない。
「! マソラ、気をつけて!」
「ゲンガー、【さいみんじゅつ】」
突然、マソラの目の前に現れたゲンガーの目が光る。間近で【さいみんじゅつ】を受けてしまったマソラの体がぐらついた。
「マソラ! 寝ちゃだめ……!」
「【シャドーボール】!」
ゲンガーから放たれた紫色の光球により、今度はマソラの体が吹っ飛ばされた。
「……ぎゃう……!」
ふらふらとマソラが立ち上がる。青空のような瞳は、あきらめていない。
「ゲンガー、もう一度【シャドーボール】だ!」
「【ひのこ】で迎え撃って!」
マソラが大きく息を吸う。炎がこぼれ出る口から放たれたのは火の玉――ではない。一直線に放たれた真っ赤な熱が、光球とぶつかり合う。
エネルギーの競り合いは……炎に、軍配が上がった。
炎はそのままゲンガーを呑み込み、所々焼け焦げた姿でぱたりと倒れる。
「ゲンガー戦闘不能! よって勝者、ヨシノシティのアヅサ!」
「……はぁ〜……」
張り詰めていた緊張の糸が切れる。へなへなとその場に座り込む私の元に、マソラが戻ってきた。勝利のグーサインを見せてくれる彼の頭を撫でる。
「あれは【ひのこ】ではなく、【かえんほうしゃ】だったね。バトルの最中に成長するとは、君のリザードはかなり鍛えられているようだ」
ゲンガーをボールに戻して私の前に立ったマツバさんが、こちらに手を伸ばす。恐る恐る手に取ると、優しく引っ張り上げて立たせてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「こちらこそ、いい勝負をありがとう。僕にとってもいい修行になった。……伝説のポケモンに会うためには、まだまだ僕は実力不足らしい」
「伝説の、ポケモン……ですか?」
「ああ。エンジュでは昔から伝説のポケモンを神として祀っている。そして、真の実力を持つトレーナーの前に伝説のポケモンは舞い降りる……そう言い伝えられているんだ。僕はその言い伝えを信じ、日々修行を積んでいるんだよ」
「そうなんですね……!」
伝説のポケモンかぁ……。セレビィみたいなポケモン、ってことだよね。
そんなポケモンに実力を認めてもらいたいなんて、素敵な目標だ。
「……君には何か不思議なものを感じる。一目見たときからそう感じていたけれど、バトルを通じてより確信を得たよ」
「へ……?」
「それが今の僕に足りないものなのかもしれないな……」
「は、はあ……」
どこか遠くを見るような眼差しをするマツバさんの言葉は、いまいちよくわからない。
不思議なもの。マツバさんに足りないもの。それを私が持っている……?
「ごめん。混乱させてしまったね。……これが僕に勝利した証、ファントムバッジだ。……またいつか、バトルをしよう」
マツバさんからファントムバッジを受け取り、再びお礼を告げてエンジュジムを後にする。
――いつの日か、マツバさんが言っていた言葉の意味を理解できる日がくるのだろうか?