27 528ヘルツのなみだ

 ジュゴンが七色に輝く光線を撃ち出す。ラプラスは水上を素早く泳ぎ回りながら、波のようにうねる水を出して応戦していた。
 空気が凍りつきそうな激しい戦いを、岩場の陰に隠れて息を呑みながら見守る。

「ぎゃお……」

「! マソラ、大丈夫……?」

 岩にもたれさせていたマソラがゆっくりと起き上がる。しかし、体勢を崩してまたその場に座り込んでしまった。

「無理しちゃだめだよ……ボールに……」

「ぎゃう……!」

 ボールを手に取るが、マソラは首を横に振った。また立ち上がろうとするマソラを止めようとしたその時。

「ぶい」

 サクが眠たげな声を出した。すると釣られたようにマソラも鳴いて、うとうとと船を漕ぎ出す。

「サク……ありがとう……」

 サクの【あくび】で眠ってしまったマソラをボールに戻す。……後でポケモンセンターに連れて行くからね。

「ぴか、ぴかぴか」

 ツキミが私の足をぺちぺちと叩いている。こちらを見上げる瞳には見覚えがあった。……傷ついて倒れていたサクを見つけたときと同じだ。

「ツキミ……ラプラスを、助けてあげたいんだね」

「ぴっか!」

 力強く頷くツキミの頭を撫でる。……ツキミは、あのラプラスに何か思うところがあるみたいだ。だから私が呼び止めても、ここへ来た。
 あの、どこか冷たくもの悲しい声で歌うラプラスと――向き合おうとしている。

「……わかった。行こう」

 サクを抱き上げて、ツキミと共にヤナギさんの元へと向かう。

「ヤナギさん、私にも協力させてください……!」

「……無茶をした君を信用しろと?」

「あ、足手まといなのは自覚しています。だけどツキミが……私の相棒が、ラプラスを助けたいって、言ってるんです……!」

「ラプラスを……なるほど」

 ヤナギさんが持っていた杖をついて地面を打ち鳴らした。それを聞いたジュゴンがヤナギさんの元へと戻ってくる。

「では君があのラプラスの相手をしなさい。もし止められぬようであれば、私たちが再びラプラスを静めるため戦おう」

「ありがとうございます!」

 ジュゴンと入れ替わるように、私たちは地底湖のほとりに立つ。ラプラスは相変わらず冷たい眼差しをこちらに向けていて怖い――けど。

「ぴっぴかちゅー!」

「ラプラス、あなたがどうしてここにいるのか……あんなに綺麗なのに、冷たくて悲しい声で歌うのか……聞きたいことが、いっぱいあるよ」

「……」

「言葉、わかんないけど……でもね、一緒に過ごしているうちに、少しずつ……伝えたいことはこれかな、ってわかることが増えていく。それを、私の大切な仲間たちが教えてくれたんだ」

 私を一番最初の相棒に選んでくれたマソラ。マソラに誘われて、私たちの仲間になってくれたツキミ。人に良い思い出がないのに、ついてきてくれるサク。そして、まだ殻の中で眠っている不思議なタマゴ。

「ラプラス、一緒に行こう。そして、あなたのこと、たくさん教えてほしい」

 ラプラスが口を開く。氷の塊も、波打つ水も、そこにはない。

「♪〜♪〜♪〜……」

 触れると凍りつきそうな、冷たく澄み切った歌声。空気を震わせ、湖面が揺れる。
 間近で聞いて、わかった。――ラプラスは、泣いている。どうしてかわからないけど、辛くて、悲しくて、苦しくて……涙を歌に変えて、訴えている。

「あ……」

 ぽたりと、地面に雫が落ちた。肌を伝う温もりに、自分も泣いていることに気がつく。
 拭っても拭っても、涙は治まらない。こんな、聞いてるだけで胸が痛むような叫びを、私は――受け止めて、あげられるの?

「ぶい……」

「っ、サク……」

 私の腕の中から飛び降りたサクが、ラプラスに向かって歩いていく。

「ぴか……?」

「ぶいぶい」

 ツキミと一言二言やりとりを交わすと、一緒にラプラスの前に立った。

「ぶい」

 サクが何かを地面に置く。それは、虫取り大会の景品だったオボンの実。……どこか落ちこんでいる様子だったサクに、私が渡したもの。

「ぶい、ぶいぶい」

「…………きゅあ」

 優雅に水辺へと近づいたラプラスが、オボンの実を口へと運ぶ。食べ終えると、静かに目を閉じた。

「ぴかぴ!」

「ぶい」

 ツキミとサクが私を呼んでいる。いつの間にか、涙は止まっていた。
 一歩足を踏み出せば、自然と二歩目、三歩目と歩んでいける。
 ラプラスは、私が目の前に立つと瞼を上げた。黒い瞳は先ほどとは打って変わって穏やかな輝きを帯びている。

「……一緒に来てくれるの?」

 ラプラスは何も言わない。けれど、逃げることも攻撃してくることもなかった。
 バッグから空のボールを取り出す。手を伸ばして、ラプラスの額にボールの開閉スイッチを押し当てた。
 飛び出した赤い光がラプラスを包んで、ボールへと戻っていく。ボールは手の中で何度か揺れると、やがて動かなくなった。

「――出てきて、ラプラス!」

 ボールを投げると赤い光からラプラスが現れる。

「あなたの歌声を聞いて、思いついた。――ミスミ。あなたの名前は、ミスミだよ」

 美しく澄んだ声だから。単純だけど、響きも綺麗だなと思う。

「……♪」

 ラプラス――ミスミがほんの少しだけ、微笑んだような気がした。