24 むしとりやろうぜ!

24.05.01 改稿

 泣きじゃくるアカネさんが落ち着くまで少し待っていてほしい……とジムトレーナーの女性に言われて、別室に案内された。しばらくすると、目元を腫らしたアカネさんがジムバッジを渡しに来てくれた。

「いっぱい泣いてすっきりしたわ! また遊びに来てな!」

 そう言ってにっこり笑うアカネさんの姿にほっとしながらも、バッジのお礼を言ってコガネジムを後にした。
 そして私たちは今から――

「虫取りじゃー!」

「……………ぶ」

 元気よく手を振り上げるも、足元にいるサクは冷めた目でこちらを見つめるだけ。
 コガネシティの北にある自然公園。今回で二度目の訪問だが、前に来たときには行われていなかったイベント……『虫取り大会』が開催されている。
 強くて珍しいむしタイプのポケモンを、なるべく傷つけることなく一匹だけ捕獲する。応じたポイントが与えられ、高得点を得た三名のみが賞品を獲得できるのだ。
 ポケモンは状態異常になっている方が捕獲しやすい。ということで【ほっぺすりすり】を覚えているツキミに頼もうと思ったのだが……なんと、サクが自ら名乗り出てくれた。
 サクの技構成を図鑑で確認すると【あくび】という技を覚えていた。この技を受けたポケモンは一定時間が経つと眠り状態になるらしい。虫取り大会にうってつけすぎる。

「がんばって優勝目指そうね!」

 積極的なサクの姿が嬉しくてテンション高めで接してしまうが、サクは相変わらずの塩対応だ。黙々と草むらに飛び込んでいく。

「えーっと……レアな虫ポケモンは……ストライクとカイロスかぁ」

 イベント参加時にもらったパンフレットに目を通す。どちらも滅多に現れないらしいので、狙い所はもう少し出現率の高いポケモンだろう。

「ぶい……!」

「あっ」

 サクが何か見つけたようだ。勢いをつけて駆けていく。

「ふりぃ〜」

 すると草むらから、ぱたぱたと何かが飛び出してきた。

「バタフリーだ!」

 ストライクやカイロスほどではないにせよ、レアな虫ポケモンだ。

「サク、【あくび】!」

 くぁ、とサクが小さく口を開ける。空高く飛び去っていこうとするバタフリーが、やがて羽ばたくのを止めてふわふわと落ちてきた。

「わ、わ、せいっ」

 慌てて大会専用のボールを放り投げる。そういえば、こうやってポケモンを捕まえるのは初めてだ。
 バタフリーにぶつかったボールがぱかりと開き、赤い光線が出る。バタフリーを閉じ込めたボールがしばらく揺れると……再び開いてしまった。

「もう一回!」

 幸いなことに、バタフリーはまだ眠っている。ここからはボールがなくなるまで私が粘るだけだ。
 五個ほどボールを無駄にして、バタフリーはようやく捕獲されてくれた。

「サク、やったよ! ゲットした!」

「ぶい」

「サクのおかげだよ〜! すごいね! ありがとう!」

 サクを抱っこして、胴上げするみたいに何度も持ち上げる。

「……ぶい……」

 そっぽを向かれてしまったけれど、私はめげない。……だって、ふさふさの尻尾がほんの少し揺れているから。
 ねえ、サク。初めてここに来たとき、私たちはまだ出会ったばっかりだったんだよ。きみは、私の声なんて聞こえてないみたいに反応が薄くて。何もかもどうでもいい……そう思ってるように見えた。
 でも今は、ちょっとずついろんな反応を返してくれるようになったね。
 きみが『咲く』日も、そんな遠い話じゃない……なんて、さすがに気が早いかな。
 そんなことをしみじみと考えていると、軽快なチャイムの後に大会終了のアナウンスが鳴り響く。
 手に入れたバタフリーを運営の人に渡して結果を聞くため、私たちは受付へと向かった。

◇◆◇

 初めての虫取り大会。結果は――三位だった。

「惜しかったねぇ」

「…………」

 一位はカイロスを捕まえた、虫取りが得意そうな男の子だった。二位はスピアーを捕まえたおじさん。

「サク」

 私より少し前を歩くサクは、なんだか元気がないように見える。

「オボンの実、五つももらえたよ。私と、サクと、マソラにツキミ……みんなで分けても、一つ余っちゃうね」

「……」

「だから……最後の一つは、サクが持ってて」

「……ぶい?」

 三位の賞品だったオボンの実の一つを、サクに差し出す。

「サクが頑張ってくれた証。……今日はお疲れさま。サクと一緒に遊べて、すごく嬉しかったよ」

 下を向いていたサクの目が、私を映す。つやつやの黒い瞳を、逸らすことなく見つめ返した。

「これからも、たくさん……いろんなことをしようね」

「……ぶい」

 オボンの実を受け取ったサクが、一瞬だけ私の手に小さな頭をすり寄せた。抱き上げて、ゆっくりと歩き出す。
 真っ赤な夕日は、涙が出るほど眩しかった。