21 のんびりやの暮らすまち

24.05.01 改稿

 繋がりの洞窟を抜けた先にあるのは『ヒワダタウン』だ。炭作りが盛んな小さな街だが、知る人ぞ知る穴場な観光地でもある。
 理由は二つ。一つは昔ながらの製法でモンスターボールを作る有名な職人さんがいること。ここではお店ではなかなか手に入らない珍しいボールを注文することができる。私も頼んでみようかと思ったのだが、ボール作りに必要な『ぼんぐり』という木の実を持ち込まなければ受けつけてくれないらしい。おまけに一つ一つ手作業のため、製作には時間がかかるそうだ。……またの機会にしよう。
 もう一つは、街のあちこちでのんびり気ままに過ごす『まぬけポケモン』ヤドンたちだ。まぬけ、とは随分な呼び方だが、何をされても反応が遅れるくらいマイペースなところからそう呼ばれるようになったらしい。
 彼らが住んでいそうな水辺は見当たらなかったが、街の入口付近にある『ヤドンの井戸』という小さな洞窟が住処なのだそう。……しかし彼らはその井戸と街を行き来するだけで数日かかるそうなので、基本的に街から離れることはないようだ。のんびりしてるなぁ。
 そんなヤドンたちとは裏腹に、私は今――スピード感溢れるバトルの真っ最中だったりする。

「ストライク、【れんぞくぎり】だ!」

「ツキミ、【かげぶんしん】!」

 鋭い鎌のような前足がツキミの身体に斬りかかる。けれども、ツキミは幻のようにかき消えてしまった。前回のジム戦で披露した【エレキボール】に続くツキミの新技である。
 ――『歩く虫ポケ大百科』ことヒワダタウンのジムリーダー、ツクシさんに挑戦中だ。私よりも年下なのに「虫ポケモンのことなら誰にも負けないよ!」と豪語した彼は、まさにジムリーダーとしての実力を存分に見せつけてくる。
 初手に出したストライクは相性のいいマソラに対応してもらっていたものの、【とんぼがえり】という攻撃の後に控えのポケモンと即座に入れ替える技を使われた。控えとして現れたトランセルとコクーンを倒してもらい、再び登場したストライクの相手を今度はツキミにお願いしている。

「焦るな、ストライク!」

 ツキミの分身たちに囲まれてきょろきょろしているストライクに、ツクシさんが声をかける。それを聞いて落ち着いたのかストライクは身構えた。

「ツキミ!」

「ストライク、【でんこうせっか】!」

「【ほっぺすりすり】!」

「っ……!」

 本物のツキミに特攻してきたストライクに火花が散る。麻痺で体勢を崩した今がチャンスだ……!

「【エレキボール】!」

「ぴっぴかちゅー!」

 球体となった雷が、稲妻形の尻尾で弾き飛ばされる。ストライクに直撃した途端、小さな爆風となった。

「――ストライク、戦闘不能! よって勝者、ヨシノシティのアヅサ!」

「やった……!」

「ぴかちゅー!」

 ぱっと表情を明るくしたツキミが駆け寄ってくる。飛びついてきたツキミを抱き留めて「お疲れさま」と頭を撫でた。

「君、すごいね! ポケモントレーナーになって間もないんでしょ?」

「あ、いや、そんな……。ツクシさんも、その年でジムリーダーを務めてるなんてすごいです」

「ありがとう! ジムリーダーに選ばれたのは、僕の虫ポケモンに関する知識が認められた結果だから嬉しいよ。……でもまだまだだな。もっともっと研究しなくっちゃ!」

 ツクシさんは照れくさそうにはにかんだ後、これからに向けて意気込んだ。……ハヤトさんの時にも思ったけれど、向上心が高い。だからこそ、ジムリーダーになれるくらい強いんだろうな。
 笑顔で見送ってくれるツクシさんに軽く頭を下げてから、ジムを出る。
 明確な目標なんてまだないけど、私もみんなとがんばっていくぞ……!
 そう気合を入れ直した矢先。

「わぎゃっ!?」

 自動ドアを抜けた瞬間、何かに足を取られて盛大にすっ転んだ。

「ぴかぁっ!?」

 肩に乗っかっていたツキミが目の前をころりと転がっていく。けれども直ぐさま起き上がって、私のほっぺたをぺちぺちと叩いた。

「つ、ツキミごめん。大丈夫……?」

 私も立ち上がり、服や手足についた砂ぼこりを払い落とした。
 一体、何につまずいたんだろう?

「うわっ!?」

 足元を見れば、そこには桃色の身体をした生き物が寝そべっていた。

「や、ヤドン!? ごめ、ほんとごめんね!? 痛くなかった!?」

「…………やあん?」

 ヤドンの身体をぺたぺた触って怪我がないかどうか確かめる。……大丈夫そうだ。

「あの、こんなところにいたら危ないよ……」

「…………やあん」

「えっと……あ、これお詫び……」

 カバンからオレンの実――32番道路で見つけたものだ――を取り出し、ヤドンの顔の前に置く。もし怪我をしていても、これがあれば治りが早くなるだろう。
 しばらく木の実を見つめていたヤドンがゆっくりと起き上がる。木の実をくわえると、のそのそ歩いていってしまった。

「……なんか、気が抜けちゃった」

「ぴかぁ」

「……私たちも、のんびりまったりいきますか」

「ぴかちゅ〜」

 急ぐ旅じゃない。私たちは私たちのペースで、一歩ずつ進んでいこう。