20 つめたい歌声

 初めてのジム戦を見事勝利で収めた私たちは翌日、32番道路を進み『繋がりの洞窟』へとやってきた。
 以前通ったディグダの穴とは違い、繋がりの洞窟はなんだかジメジメしている。そこかしこに池があるからだろう。
 やや薄暗いものの、周りが見えないほどではない。今回もスマホについたライトで辺りを照らしながら歩いていた。

「ぴか……?」

「……ぶい」

 肩に乗っていたツキミが身を乗り出して、ぴくぴくと耳を動かしている。抱っこされているサクも珍しく顔を上げた。私の隣を歩いていたマソラも足を止めて目を閉じた。

「え、何……?」

「ぴぃー」

 ツキミが口の前で前足の指を一本立てる。静かに、のポーズだった。一体どこでそんなの覚えてくるんだろう……。
 言われたとおり静かにして、聞き耳を立てる。水のしたたる音や石(多分イシツブテだと思う)が転がるような音が時折響く。その中に――フルートのような、高く澄んだ音色が混じっていることに気がついた。

「……歌……?」

 空気を震わせ、波紋のように広がっていくそれは昔テレビか何かで聞いたオペラ歌手の歌声に似ていた。

「今日は金曜日だからなぁ」

「へ?」

 通りすがりのおじさんの言葉に首を傾げる。登山家らしきそのおじさんは「おや、知らないのか」と目を丸くした。

「この繋がりの洞窟には地底湖があってな、なぜか金曜日になるとそこにラプラスが現れるんだよ。この歌のように聞こえるのは、そいつの鳴き声ってわけだ」

「ラプラス……」

 スマホで図鑑を開く。知能が高く、人やポケモンを背中に乗せて泳ぐのが好きな『のりものポケモン』。ジョウト地方では滅多に姿を見せない珍しいポケモンらしい。

「私は定期的にこの洞窟に潜っているが、ここ最近現れるラプラスの声は特に美しいなぁ。こりゃあ群れでも人気者だろう」

「そう、なんですか」

 色々と教えてくれたおじさんにお礼を告げて、再び歩き出す。ツキミは歌声が気に入ったのか、機嫌よさそうにぴかぴか鳴いていた。マソラやサクも心地良さそうに聞いている。
 おじさんの言っていたとおり、確かに美しい鳴き声だ。……でも。

「冷たい……」

 真冬の海辺に吹く、身体の芯から冷えるような潮風。寄せては返す波間に足をとられて、そのまま海中へと引き込まれそうなそら恐ろしさ。
 想像して、背筋がぞくりと震える。思わずサクを抱きしめれば、じとりとした目つきで見つめられてしまった。

「ごめん、サク。起こしちゃったね」

 慌てて腕の力を緩めると、サクは仕方なさそうに鼻を鳴らす。

「ぴか?」

「……大丈夫。なんにもないよ」

「ぎゃう」

「うん、ありがと。マソラ」

 私の顔を覗き込むツキミの頭を撫でる。マソラは気遣うように私の背中をぽんぽんと撫でた。進むたびにだんだんと遠くなる歌声とポケモンたちの温もりに、ほっと息をつく。
 地底湖のラプラス。一体何を思って、こんな冷たい声で歌っているのだろう。
 少しだけ、怖い。――でも、いつか会いに行って。その独唱を間近で聴いてみたい。そんな気持ちもあった。