19 掴め、大金星

24.05.01 改稿

 ポッポよりも鋭くなった目が、ツキミを見据えている。ツキミも負けじとピジョンに向き合っていた。

「ピジョン、【でんこうせっか】だ!」

「ツキミも【でんこうせっか】!」

 素早い動きで突撃してきたピジョンをツキミが迎え撃つ。互いにフィールドを駆け巡りながらぶつかりあっていた。

「【ほっぺすりすり】!」

「させるか! 【すなかけ】!」

 ピジョンの羽ばたきにより砂ぼこりが舞う。視界を奪われたツキミは技を出しあぐねているようだった。

「もう一度【でんこうせっか】!」

「ぴじょっ!」

「ぴかぁ……っ」

「ツキミ!」

 突き飛ばされたツキミが私のすぐそばに転がり落ちる。なんとか起き上がってくれたが……このままだと厳しいかもしれない。

「戻って!」

 ツキミをボールの中に戻す。……お疲れさま。少し休んでてね。

「マソラ、お願い!」

「ぎゃお!」

 ボールから飛び出したマソラが右の前足を左の前足に打ちつける。気合は充分みたいだ。

「ピジョン、【はねやすめ】だ」

 地面に降りたピジョンが目を閉じる。すると、ツキミとぶつかりあってできた傷がみるみるうちに癒やされていった。……回復技だ……!

「【ひのこ】!」

「! ピジョン、避けろ!」

 ツキミの頑張りを無駄にさせない。そう思い撃ち出した火の玉をピジョンはひらりと空に舞い上がってかわしてしまう。

「そのまま続けて!」

「【かぜおこし】で消し飛ばせ!」

「ぴじょーーーーっ!」

 羽ばたく翼から生み出された風のせいで、やはり火の玉が届かない。遠距離じゃ駄目だ。ピジョンに近づかないと……!

「ピジョン、【すなかけ】!」

「っ、【えんまく】!」

 勢いに任せて技名を口にすれば、マソラが黒い煙を吐き出した。フィールドが暗くなっていく。

「吹き飛ばせ!」

「マソラ……!」

 再び風を起こし始めるピジョンの背中側。黒煙の中から立ち昇る火柱と、赤い姿。

「【りゅうのいぶき】!」

 かぱりと開かれた大きな口から青い炎が吹き出す。

「ぴじょっ!?」

 無防備な背に炎を食らい、ピジョンが落ちていく。跳び上がっていたマソラも、軽やかに宙返りして着地した。
 立ちこめていた黒い煙がだんだんと薄れていく。そこには、地面に落とされながらもよろよろと身を起こすピジョンがいた。
 マソラはピジョンから目を逸らさない。喉の奥からちろちろと炎を覗かせながら、両方の前足を構えている。
 ピジョンの鋭い眼差しが、マソラをぎろりと睨んだ。――けれども、その身体はぱたりと倒れ込む。

「……ピジョン、戦闘不能。よって勝者、ヨシノシティのアヅサ!」

 審判の声が高らかに響く。それは、私たちの白星を宣言するものだった。

「……勝っ、た……?」

 口からこぼれ落ちた小さな問いかけ。聞こえたはずがないのに、マソラが私を見ていた。
 晴れ渡った青空の瞳が、柔らかく瞬く。そして彼は――右前足を握り締めて、爪を一本立てたのだ。

「っ〜〜〜〜〜〜」

 言葉にならない喜びと興奮で、胸がいっぱいになる。私とマソラが駆け出したのはほぼ同時だった。マソラに抱きつくと、彼はややよろけながらも受け止めてくれた。

「マソラ、すごい! ほんと、すごいよ……!」

 何がどうすごいのか、上手く言葉に出来ない。それぐらい頭の中は初めてのジム戦での勝利で埋め尽くされていた。

「ぴかぴかっ」

 ボールから飛び出してきたツキミが私の背中を駆け上って、ぺちぺちと叩いてくる。

「ツキミもすごかった! ふたりとも、本当にお疲れさま! ありがとう……!」

 ツキミを抱き上げて、くるくるとその場で回ってから黄色い身体に頬ずりする。ツキミは満足げに鼻を鳴らし、マソラは静かに笑った。

「アヅサ、だったよな?」

「! は、はい」

 ハヤトさんに話しかけられて、慌てて表情を引き締める。興奮しすぎて、ハヤトさんのことそっちのけになってた……!

「悔しいが、俺の負けだ。ピカチュウもリザードも、君への信頼がよく見えた。特にリザードが【えんまく】の中から跳び上がったのは驚いたぜ」

 あれには私もびっくりした。今までやったことのない戦法だった。

「恐らくだが、【えんまく】でピジョンの気を引きつけてから、火を地面に吹きつけた勢いを利用して跳躍したんだろ? 大したもんだよ」

 なるほど……だから火柱が上がったのか……。
 マソラって、私が思っていたよりもずっと……バトルの才能があるのかもしれない。

「これが俺に勝利した証、ポケモンリーグ公認のウイングバッジだ」

 渡された金属製の小さなそれは、鳥ポケモンの翼を模した形をしていた。

「あ、ありがとうございます!」

「こちらこそ、いい勝負をありがとう。他のジムも巡る予定なのか?」

「そのつもり、です」

「この先、いろんな街にポケモンジムがあるからどんどん腕試しするといい。俺も、最強の鳥ポケモン使いを目指して己とポケモンを鍛えるよ」

「あ、えっと、がんばってください!」

「君もな」

 互いにエールを送り合った後、私たちはキキョウジムを後にした。――こうして、私たちの初めてのジム戦は無事に終わったのだった。