17 いってきます、リスタート

24.05.01 改稿

 ヨシノシティの自宅に帰ってから、数日が経った。――私は旅仕度をすませて、家の前に立っている。

「忘れ物はない?」

「えっと……多分、大丈夫」

 先ほど確認したカバンの中身を思い出しながら頷く。……忘れてたときは、お父さんに届けてもらおう。

「みんな、アヅサのことよろしくね」

「ぴっか!」

「ぎゃうぎゃう」

「……」

 ツキミとマソラが任せろと言わんばかりに鳴き、あのサクでさえもこっくり頷く。この数日でポケモンたちはお母さんにすっかり懐いていた。

「一日一回でもいいから、連絡入れてね」

「うん」

「気をつけて」

 ぎゅっと抱き締め合って、ゆっくり離れていく。それから、お母さんの後ろの方でうつむいて立っているスズミに声をかけた。

「スズミ、行ってくるね」

「……いつ帰ってくる?」

「う〜ん……わからないなぁ」

 なんせ、今回の旅はジョウト地方をぐるっと巡るつもりなのだ。どれくらいかかるかわからない。

「でも毎日連絡するし、もし新しいポケモンを捕まえることがあったらまた見せてあげる。ポケモンバトルも……もっと強くなったところ、見せられるようにする」

「……絶対?」

「うん。約束」

 右手の小指を出せば、私よりも少しだけ小さな指がおずおずと引っかかった。私もその指にしっかりと自分の指を絡める。

「アヅサちゃん……いって、らっしゃい」

「うん。いってきます」

 お気に入りのスニーカーの爪先を、とんとんと地面に叩きつける。靴が足に馴染んだことを確認して、一歩を踏み出した。
 このまま前だけを見て進んでいければかっこいいのだろうけど。何度も、何度も……振り返ってしまう。
 そのたびに、お母さんとスズミが大きく手を振ってくれた。私も同じように手を振って……そして再び、前を向く。

「ぎゃう」

「大丈夫。……大丈夫。また、帰ってくるよ」

 こちらを見上げるマソラの頭を撫でる。鼻の奥がつんとして、視界もちょっぴり揺らいでいるけれど。……でも、決めたから。

「よし! まずはキキョウシティへ行くぞ〜!」

「ぴかぁ〜!」

 えいえいおー! と腕を振り上げれば、ツキミが真似をする。その姿に、自然と肩の力が抜けた。
 立ち止まっても、振り返っても。私は、ひとりぼっちじゃない。
 広く澄み渡った青空の下、私たちはのんびりと歩んでいく。――新たな冒険の、始まりだ。

◇◆◇

 しばらくバスに揺られて、数日ぶりのキキョウシティに到着した。この街でやりたいことが一つある。
 それは、ポケモンジムへの挑戦だ。
 家に帰るまで何度も悩んだけれど、結局どこにも行かなかった。……だけど、今回は目的のない旅。ただ巡るだけというのもなんだかもったいない。
 ジムバッジを持っていれば、ポケモントレーナーとしてのランクが上がり様々な待遇が得られるという。私にとっても、ポケモンたちにとっても、きっと損はないだろう。
 スマホを使って調べたところ、キキョウシティにあるジムはひこうタイプの使い手らしい。有利なでんきタイプであるツキミが活躍してくれそうだ。進化してからますます頼りがいの増したマソラもいる。善戦できる、はずだ。

「……サクは、バトルしたい?」

 腕の中でおとなしくしているサクに聞いてみるも、特に反応はない。
 ……サクを仲間にしてからも、ポケモンバトルをする機会は何度かあった。だけど、サクをバトルに出したことはない。

「……ぶい」

 いつも、こうやって少し時間を置いてから……ゆっくりと首を横に振ってしまうから。
 もしかしたら、何かトラウマがあるのかも。そう思うと、無理強いなんかできるはずもなくて。

「うん、わかった。……ツキミたちのこと、応援してあげて」

「……ぶ」

 小さな頷きが返ってきて、ほっとする。最初はものすごく反応が薄かったサクだけれど、きちんと返事をしてくれることが増えてきた。それがすごく、嬉しい。

「よし。じゃあ今回も頼んだよ」

 ツキミとマソラの入ったボールをそっと撫でれば、かたりと揺れ動いたのだった。