14 ゆらゆら揺れるマダツボミの塔

24.05.01 改稿

 しばらくの間バスに揺られて、ようやく『キキョウシティ』に着いた。
 きらびやかなコガネシティとはうって変わって、キキョウシティは落ち着いた雰囲気の街だ。建物のほとんどが瓦屋根の木造家屋で、古い建造物も多い。
 代表的なのは『マダツボミの塔』だろう。お坊さんが修行するために建てられたらしい。
 家のあるヨシノシティの近所とはいえ、気軽に来られる距離でもない。せっかくの機会なので、少しだけ観光していくことにした。

「おお……」

 塔の中に入ると、とてつもなく大きな柱が中心でゆらゆらと揺れていた。一体どういう仕組みなんだろうか。
 連れ歩いていたツキミが興味津々な様子で柱に近づいていく。その後をマソラが追った。サクは私の腕の中でおとなしく柱を見つめている。

「ぴかぁ……!」

「ツキミ、あんまり近づいたら危ないよ」

 安全のために柵がつけられているが、柱と床の間には隙間がある。ツキミがころっと転がり落ちてしまうかもしれない。

「ぎゃ」

「ぴかっ!?」

 マソラがツキミを掴み上げる。驚いた声を上げたツキミは、不満そうにぴかぴか鳴いた。

「マソラ、ありがと。ツキミはちょっと落ち着いて……」

「おや、ポケモントレーナーの方ですかな?」

「へっ!? あ、す、すみません、静かにします……!」

 突然、近くにいたお坊さんに声を掛けられた。うるさくしすぎたかな、と慌てて頭を下げる。

「ああ、いやいや。確かにここは修行の場。過度な騒音は困りますが……子供のはしゃぐ声に目くじらを立てるような心の狭き者はおりませんよ」

「あ、えと、あ、ありがとう、ございます……?」

 よくわからないけれど、怒られてはいないらしい。もう一度ぺこりと頭を下げると、お坊さんは朗らかに微笑んだ。

「ここは我々修行僧のみならず、ポケモントレーナーにとっても己とポケモンの心身を鍛える場として門戸を開いているのです」

「……つまり、ポケモンバトルの特訓もできるって、ことですか?」

「はい」

 そういうのもやってるんだ……。

「というわけで、拙僧とひと勝負いかがでしょう?」

「あっ、は、はい!」

 お坊さんは袖からモンスターボールを出す。現れたのは、体が根っこみたいになったポケモン。この塔のシンボル、マダツボミだ。
 ということは、マソラと相性がいい。

「いけ、マソラ!」

「ぎゃう!」

 ツキミを床に下ろしたマソラが、マダツボミの前に立つ。うねうねと動くマダツボミは、塔の真ん中で揺れている柱と似ている気がした。

「マダツボミ、【つるのムチ】!」

「マソラ避けて! 【ひのこ】!」

 根っこの腕がするすると伸びてマソラに襲いかかる。後ろに下がったマソラが火の玉を吐き出した。

「なんの! もう一度【つるのムチ】!」

 滑るように【ひのこ】を避けたマダツボミが再び根を伸ばす。マソラの腕に絡みついて、身動きできないようだ。

「【はっぱカッター】!」

「【ひのこ】で撃ち落として!」

 こちらに向かって飛んでくる刃のような葉が黒焦げになって落ちていく。

「マソラ、引っ張れ!」

「ぎゃお!」

 マソラが腕を引くと、マダツボミが体勢を崩した。
 今がチャンス……!

「【ひのこ】!」

 マダツボミに火球が直撃する。ぷすぷすと煙を上げたマダツボミは、その場で目を回して倒れた。

「お見事! 素早い判断、落ち着いた指示……お若いのに大したものだ」

「いやいや、そんな! その、前に出会ったトレーナーさんが、周りをよく見ることが大事だって教えてくれて……それを、意識してみたといいますか……」

「言われたことを実践するのは難事です。あなたはきっと素晴らしいトレーナーとして成長していけるでしょう」

「あ、ありがとうございます」

「ポケモンジムへの挑戦はしておられるのですか?」

「いえ……」

「ぜひ、自らとポケモンの実力を試してみては?」

 ポケモンジム、か。結局、クチバシティでは行かなかったんだよな……。

「……考えて、みます」

 お坊さんにお礼を告げて、マダツボミの塔を後にする。
 今日はキキョウシティに泊まることにしたので、ポケモンセンターを探す。
 途中、ポケモンジムがあった。建物を見上げて、小さく溜め息をつく。そのまま俯くと、サクが私を見ていた。相変わらずの無表情で、何を考えているのかはわからない。

「……どうしよう、かなぁ」

 サクは何事もなかったように、景色へと視線を移した。