24.05.01 改稿
イーブイが入院している三日間、私たちはなるべく彼(オスらしい)のお見舞いに訪れていた。
自己紹介をして、マソラとツキミにも会わせる。これからはずっと一緒にいるんだよ、と伝えてみたものの、イーブイの反応はものすごく薄かった。
嫌がられる覚悟はしていたが、無反応となるといまいちどうすればいいのかわからない。
同じくらいの大きさのツキミが挨拶をしても、マソラが一言二言声を掛けてもイーブイはどこかぼんやりした顔で小さく「いぶ」と鳴くだけ。
結局、イーブイがどう思っているのかよくわからないまま退院の日がやってきた。マサキさんからもらったボールに戻そうか悩んで、抱っこすることに決める。外の世界の刺激を受けた方が感情豊かになるのでは、と考えた結果だ。ジョーイさんにも許可をもらっている。
「これからバスに乗って自然公園に行って、そこからバスを乗り継いでキキョウシティに行くよ」
「……」
イーブイは、何も言わなかった。
◇◆◇
コガネシティから発車するバスに乗ると、数十分ほどで『自然公園』に到着する。ここでは週に二回、虫取り大会が開催されているらしい。優勝者には豪華な景品が贈られるのだとか。
今日はお休みのようで、ポケモンと散歩をする人やピクニックを楽しむ家族連れなどで賑わっていた。
「風が気持ちいいね〜」
急ぐ旅でもないので、のんびり歩きながらキキョウシティ行きのバスが出ている停留所へと向かう。
「そうだ。イーブイの名前、決めてなかった」
「……ぶ?」
「イーブイだけの、特別な呼び方。仲間にした子……って言ってもマソラとツキミしかいないけど……考えるようにしてるんだよ〜」
イーブイ、イーブイか……。確か、八種類も進化の可能性を持ってる珍しいポケモンなんだよね。
うんうん唸りながら悩んでいると、すぐそばを大きな種のようなポケモンがぴょこぴょこ跳ねていった。図鑑を開いて確認する。
「へ〜……ヒマナッツ……」
見た目の通り、種のポケモンらしい。普段は進化のエネルギーを蓄えているため、じっとしているそうだ。……さっきの子は随分アクティブに跳ねてたけど。もうすぐ花が咲くのかな?
そういえば小さい頃、道端で見つけた花の種を持ち帰って育てたことがあったっけ。何の花かわからないまま、とりあえず毎日お水をあげて……綺麗に咲いてくれたときはすごく嬉しかったな……。
「そっか。イーブイも同じだ」
「ぶい……?」
イーブイも、種なんだ。どんな色で、どんな形になるのか咲くまでわからない花の種。
きみの心がいつか芽吹いて、綺麗な花を咲かせますように。そんな願いを、名前に込めよう。
「決めた。――サク。君のことは『サク』って呼ぶね」
「…………いぶ」
イーブイ――サクは不思議そうに首を傾げながらも、呟くようにそっと鳴いた。
「あっ、バス来てる!」
停留所が見えたのと同時に、運良くバスが停車した。小走りで駆け寄って乗り込む。空いている席に腰掛けて、窓の外を見つめた。
このバスに乗れば、終点のキキョウシティまで降りなくていい。……あともう少しで、家に帰れる。
長いようで短かった私の冒険が、終わりに近づこうとしていた。