ロケット団。それはカントーを中心に活動していた犯罪集団のことだ。ポケモンを悪事のために利用し、たくさんの人やポケモンたちが被害にあったと新聞やニュース番組で何度も見聞きした。……しかし、とある少年が壊滅させた、らしい。
「ロケット団が壊滅した後、研究施設で放置されとったんを保護したんや。わい、イーブイには何かと縁があってなぁ。何匹か育てとるんやけど……それを警察に見込まれて面倒見てくれへんかって頼まれてん。やけど、ポケモンセンターでのメディカルチェック中に逃げ出してしもて……傷だらけで見つかったって聞いたときは、肝が冷えたわ」
人にも、ポケモンにも、たくさん傷つけられたイーブイは……一体どんな気持ちだったんだろう。
抱き上げたとき、ツキミと同じくらいの大きさの身体はとても軽かった。本来ならきっとふわふわであろう毛並みも、ぱさついていて。
腕の中の小さな命が、だんだんと消えかけていくことは――すごく、怖かった。
「……生きてて、よかった」
言葉にした途端、涙が溢れ出た。ぼろぼろとこぼれるそれを何度も服の袖で拭う。
視界の端っこでマサキさんがぎょっとした顔をしたけれど、何も言わずそっとしておいてくれた。
「……ぶい……?」
「! イーブイ、目ぇ覚めたんか!」
ゆるやかにまぶたを開けたイーブイが、どこかぼんやりとした目つきでこちらを見ている。
「このアヅサいうトレーナーさんが助けてくれたんやで」
「…………いぶ」
しばらく私を見つめていたイーブイは、背中を向けて丸まってしまった。
仕方のない反応だと思う。怪我だって治ったわけではないし、まだ眠っていた方がいい。
イーブイも落ち着かないだろうということで、私たちは待合室へ戻ることにした。
◇◆◇
ようやく涙の治まった私に、マサキさんはお水を買ってきてくれた。
「あんだけ泣いたんや。水分は摂った方がええ」
「ありがとうございます……」
今更ながら初対面の人の前で散々泣いてしまったことが恥ずかしくなる。熱い頬を冷やしたくて、ぐびぐびとお水を飲んだ。
「……君に、頼みたいことがあるんやけど。聞いてくれへんか?」
「頼み、ですか」
どこか真剣な顔つきをするマサキさんに、私も姿勢を正して向き合う。
「あのイーブイを連れていったってほしい」
「え……!?」
「難しいことを頼んでるんはわかっとる。あの子は人間にも、下手したらポケモンにも心を開いてへん。長い間ろくに世話もされず閉じ込められとったから、愛情っちゅうんがわからんのやと思う。……けど、君に任せたい思うたんや。イーブイのためにポケモンセンターまで走って、生きとったことに安心して泣いて喜んでくれたあんさんに」
「……私、は」
視線を落とすと、腰のベルトにつけたボールに目がいく。頼れる相棒たちが収まったそれらが、小さく揺れた気がした。
「イーブイの心を開いてあげられるかは、わかりません。だけど……仲良くなりたいな、とは思います。この子たちと、一緒に」
「ええ返事や!」
にっかり笑ったマサキさんが、ズボンのポケットから何かを取り出す。
「イーブイのモンスターボールや。傷が回復したら、連れてったって」
「……はい!」
渡されたボールをしっかりと受け取って、ベルトにつける。
「ジョーイさんにも説明せなあかんな」
「あっ、私も行きます! 宿泊の手続きもしないといけないので……!」
マサキさんについていって、ジョーイさんにイーブイのことを話す。彼女も快く微笑んでくれた。
「優しいトレーナーと元気なポケモンたちと一緒にいれば、きっと心の傷も癒やされていきますよ」
「らっきー♪」
ジョーイさんの隣にいたラッキーもにっこり笑いかけてくれて、こちらも自然と笑顔になる。
「あの、イーブイのところに毎日お見舞いに行くのって大丈夫ですか?」
「もちろん。経過が良ければ三日ほどで退院できると思うから、イーブイが少しでもあなたやあなたのポケモンたちに慣れるよう、できる限り顔を見せてあげてね」
「わかりました」
ジョーイさんの言葉にしっかりと頷いて、とりあえず三泊分の宿泊予約をお願いする。
……イーブイの心を癒やしてあげたい。芽生えたばかりの決意を、心の中で強く唱えた。