24.05.01 改稿
リニアのプレミアムシートはとてつもなく快適だった。座席はふかふかで、他の席と距離があるからリクライニングにも気を遣わなくていい。車内販売では各地方の銘菓が売られていて、もちろん『もりのヨウカン』もあった。一つ買って、マソラやツキミと分け合った。
満喫しているうちに車窓の景色はあっという間に流れていき、とうとうジョウト地方最大の都市――『コガネシティ』に到着だ。
「久々に来たなぁ……」
ぐーっと背伸びしながら、しみじみと呟く。
コガネシティは、何度か家族と遊びに来たことがある。デパートでおもちゃやゲームを買ってもらえるのがすごく嬉しかった。
「ぴかっ」
「ぎゃう」
マソラとツキミも物珍しげに周りを見ている。ヤマブキではばたついてゆっくり見物する時間なかったもんね……。
「ふたりとも、私からはぐれないように――」
「ぴっ?」
「えっ!?」
私の肩に乗っていたツキミがぴょんと飛び降りて駆けていく。言ったそばから……!?
「つ、ツキミ! 待って!」
マソラと共に、慌ててツキミの後を追う。ツキミは時折立ち止まって、ぴくぴくと長い耳を動かした。何かを探しているようだ。
軽やかに駆け回ったツキミの目的地は、薄暗い路地裏。なんとなく入りがたい雰囲気にたじろぎながらも、意を決して飛び込む。
「ツキミ……っ!?」
ツキミは暗がりに向かって毛を逆立て、ぱちぱちと電気を漏らしていた。……何か、いる。
私の隣にいたマソラも、暗がりの気配に気づいたらしい。前に出て、鋭い爪のついた前足を構えた。
「にゃぁ〜ご」
暗闇に、六つの光。そのうちの二つが、ツキミに飛びかかってきた。
「【でんきショック】!」
電撃で弾き飛ばされたその姿を、ようやく視認できた。――『ばけねこポケモン』ニャースだ。
仲間がやられたことで、隠れていた残り二体も顔を出す。しばらくこちらの動きをうかがっていたが、一体がツキミに向けて爪を向けた。
「避けて【ほっぺすりすり】!」
「ぴかっ!」
ひらりと爪を避けたツキミが、ニャースに頬を擦り寄せる。痺れて動きの鈍くなったところを、仕留める!
「【でんきショック】!」
「うにゃにゃにゃ!」
「ふしゃー!」
「っ!」
残った一体が私に向かって飛びかかってきた。咄嗟に腕でかばう。
「ぐるる……!」
両腕の隙間から見えた青白い炎が、ニャースを吹っ飛ばす。あれは、マソラが進化して覚えた技――【りゅうのいぶき】だ。
「マソラ……ありがと……」
「ぎゃ」
マソラの頭を撫でながら、周囲を見回す。もうニャースは隠れてなさそうだ。
「ぴぃか!」
「ツキミ?」
ツキミが私の足をぺちぺち叩いてから、暗がりへと消えていく。そういえば、ツキミはどうしてこんなところに……?
路地裏の奥に行くと、茶色っぽい毛玉のような何かが落ちていた。……動いているように、見える。
「ま、さか」
毛玉の元に駆け寄る。嫌な予感が当たってしまった。……ポケモン、だ。
ニャースたちにいたぶられたのだろう。ぼろぼろになったそのポケモンは、浅い息を繰り返している。
鞄から綺麗なタオルを取り出して、その子を包む。伝わる体温は少し冷たい気がしてぞっとした。
「ツキミ、マソラ。ポケモンセンター行くよ!」
「ぴっか!」「ぎゃう!」
先導するように走り出すツキミ、私の隣を併走するマソラと一緒に全力疾走で路地裏を抜け出した。
◇◆◇
ポケモンセンターに駆け込んで、ジョーイさんにイーブイを診せた。一瞬驚いたように目を見開いたジョーイさんはすぐにイーブイを処置室へと連れていく。
待合室のソファーに座ってしばらく待っていると、ジョーイさんが戻ってきた。
「イーブイの治療が終わりました。もう大丈夫ですよ」
優しい笑顔と共に告げられた言葉にほっと胸を撫で下ろす。
「アヅサさん、でしたよね? あの子を見つけてくださってありがとうございます」
「え……?」
「実は、あのイーブイは事情があってポケモンセンターで預かっていた子なんです」
そうだったのか。じゃあ、どうしてあんな路地裏に……?
「ジョーイさん! イーブイ見つかったってぇ!?」
聞き返す前に、男の人の大きな声に遮られてしまった。
「マサキさん。ええ、こちらの方のおかげで」
ジョーイさんが私を紹介すると、男の人の目がこちらを向く。パーマのかかった茶色い髪がふわっと揺れた。
「ほんまおおきに! 君はあの子の命の恩人やぁ!」
「え、あ、いや……」
がばりと頭を下げられて、どうすればいいかわからずおろおろしてしまう。
「わいはマサキ。カントーとジョウトでポケモンボックスを管理する仕事しとるもんです」
「アヅサ、です」
「アヅサやな。よろしゅう!」
軽快なコガネ弁でぐいぐい挨拶されて戸惑いながらも、気になっていたことを口にする。
「その、イーブイについてなんですけど」
「ああ、せやな。気になるよなぁ。ジョーイさん、あの子の様子見がてら奥行かせてもろてもええかな?」
「はい。どうぞ、こちらへ」
ジョーイさんに案内されて、イーブイが休んでいる病室に移動した。包帯を巻かれている姿は痛々しいが、出会ったときよりもしっかりと呼吸しているように見える。
マサキさんもイーブイを見た後、ほっと息をついて……それから、どこか悲しそうに笑った。
「この子な、『ロケット団』に実験体として捕まっとったんよ」
出てきた単語に、息を呑んだ。