11 路地裏にて、

24.05.01 改稿

 リニアのプレミアムシートはとてつもなく快適だった。座席はふかふかで、他の席と距離があるからリクライニングにも気を遣わなくていい。車内販売では各地方の銘菓が売られていて、もちろん『もりのヨウカン』もあった。一つ買って、マソラやツキミと分け合った。
 満喫しているうちに車窓の景色はあっという間に流れていき、とうとうジョウト地方最大の都市――『コガネシティ』に到着だ。

「久々に来たなぁ……」

 ぐーっと背伸びしながら、しみじみと呟く。
 コガネシティは、何度か家族と遊びに来たことがある。デパートでおもちゃやゲームを買ってもらえるのがすごく嬉しかった。

「ぴかっ」

「ぎゃう」

 マソラとツキミも物珍しげに周りを見ている。ヤマブキではばたついてゆっくり見物する時間なかったもんね……。

「ふたりとも、私からはぐれないように――」

「ぴっ?」

「えっ!?」

 私の肩に乗っていたツキミがぴょんと飛び降りて駆けていく。言ったそばから……!?

「つ、ツキミ! 待って!」

 マソラと共に、慌ててツキミの後を追う。ツキミは時折立ち止まって、ぴくぴくと長い耳を動かした。何かを探しているようだ。
 軽やかに駆け回ったツキミの目的地は、薄暗い路地裏。なんとなく入りがたい雰囲気にたじろぎながらも、意を決して飛び込む。

「ツキミ……っ!?」

 ツキミは暗がりに向かって毛を逆立て、ぱちぱちと電気を漏らしていた。……何か、いる。
 私の隣にいたマソラも、暗がりの気配に気づいたらしい。前に出て、鋭い爪のついた前足を構えた。

「にゃぁ〜ご」

 暗闇に、六つの光。そのうちの二つが、ツキミに飛びかかってきた。

「【でんきショック】!」

 電撃で弾き飛ばされたその姿を、ようやく視認できた。――『ばけねこポケモン』ニャースだ。
 仲間がやられたことで、隠れていた残り二体も顔を出す。しばらくこちらの動きをうかがっていたが、一体がツキミに向けて爪を向けた。

「避けて【ほっぺすりすり】!」

「ぴかっ!」

 ひらりと爪を避けたツキミが、ニャースに頬を擦り寄せる。痺れて動きの鈍くなったところを、仕留める!

「【でんきショック】!」

「うにゃにゃにゃ!」

「ふしゃー!」

「っ!」

 残った一体が私に向かって飛びかかってきた。咄嗟に腕でかばう。

「ぐるる……!」

 両腕の隙間から見えた青白い炎が、ニャースを吹っ飛ばす。あれは、マソラが進化して覚えた技――【りゅうのいぶき】だ。

「マソラ……ありがと……」

「ぎゃ」

 マソラの頭を撫でながら、周囲を見回す。もうニャースは隠れてなさそうだ。

「ぴぃか!」

「ツキミ?」

 ツキミが私の足をぺちぺち叩いてから、暗がりへと消えていく。そういえば、ツキミはどうしてこんなところに……?
 路地裏の奥に行くと、茶色っぽい毛玉のような何かが落ちていた。……動いているように、見える。

「ま、さか」

 毛玉の元に駆け寄る。嫌な予感が当たってしまった。……ポケモン、だ。
 ニャースたちにいたぶられたのだろう。ぼろぼろになったそのポケモンは、浅い息を繰り返している。
 鞄から綺麗なタオルを取り出して、その子を包む。伝わる体温は少し冷たい気がしてぞっとした。

「ツキミ、マソラ。ポケモンセンター行くよ!」

「ぴっか!」「ぎゃう!」

 先導するように走り出すツキミ、私の隣を併走するマソラと一緒に全力疾走で路地裏を抜け出した。

◇◆◇

 ポケモンセンターに駆け込んで、ジョーイさんにイーブイを診せた。一瞬驚いたように目を見開いたジョーイさんはすぐにイーブイを処置室へと連れていく。
 待合室のソファーに座ってしばらく待っていると、ジョーイさんが戻ってきた。

「イーブイの治療が終わりました。もう大丈夫ですよ」

 優しい笑顔と共に告げられた言葉にほっと胸を撫で下ろす。

「アヅサさん、でしたよね? あの子を見つけてくださってありがとうございます」

「え……?」

「実は、あのイーブイは事情があってポケモンセンターで預かっていた子なんです」

 そうだったのか。じゃあ、どうしてあんな路地裏に……?

「ジョーイさん! イーブイ見つかったってぇ!?」

 聞き返す前に、男の人の大きな声に遮られてしまった。

「マサキさん。ええ、こちらの方のおかげで」

 ジョーイさんが私を紹介すると、男の人の目がこちらを向く。パーマのかかった茶色い髪がふわっと揺れた。

「ほんまおおきに! 君はあの子の命の恩人やぁ!」

「え、あ、いや……」

 がばりと頭を下げられて、どうすればいいかわからずおろおろしてしまう。

「わいはマサキ。カントーとジョウトでポケモンボックスを管理する仕事しとるもんです」

「アヅサ、です」

「アヅサやな。よろしゅう!」

 軽快なコガネ弁でぐいぐい挨拶されて戸惑いながらも、気になっていたことを口にする。

「その、イーブイについてなんですけど」

「ああ、せやな。気になるよなぁ。ジョーイさん、あの子の様子見がてら奥行かせてもろてもええかな?」

「はい。どうぞ、こちらへ」

 ジョーイさんに案内されて、イーブイが休んでいる病室に移動した。包帯を巻かれている姿は痛々しいが、出会ったときよりもしっかりと呼吸しているように見える。
 マサキさんもイーブイを見た後、ほっと息をついて……それから、どこか悲しそうに笑った。

「この子な、『ロケット団』に実験体として捕まっとったんよ」

 出てきた単語に、息を呑んだ。