翌朝、予約していたバスに乗ってヤマブキシティへ。どこもかしこも大きな建物ばかりで若干呆けながらも、リニアステーションへ向かった。
「い、一ヶ月先、ですか……!?」
「はい。現在全て満席となっておりまして、空席は一ヶ月後からしか……」
申し訳なさそうに頭を下げる駅員さんに見送られて、とぼとぼと近くのベンチに座る。
昨日のバスの時点で薄々思ってはいたが、まさかそんなに待たないと乗れないなんて。
船はまだ見込みがなさそうだったし、飛行機――クチバには空港もある――を探してみる? いや、リニアと変わらない気がする。
とりあえず、おじいちゃんに電話して相談して……。
「ねえ、そこの君」
「え?」
突然降ってきた声に顔を上げる。そこには、仕立ての良さそうなスーツを着た銀髪の若い男の人がにこやかに立っていた。
「失礼。困っているようだったから気になってね」
「え、あ、はあ……」
「ボクの名前はダイゴ。ホウエン地方のトレーナーだ」
ダイゴ、と名乗った青年に、こちらも自己紹介すべきかと迷っていると向こうが先に口を開いた。
「もしかして、リニアの予約が取れなくて途方に暮れているんじゃないかい?」
「は、はい」
確かにそうだけれど。どうしてそんなことを聞くのだろう。
首を傾げる私に、ダイゴさんは胸元のポケットから何かを取り出した。
「よかったら、これもらってくれないかな。明日使うつもりだったのだけれど、急遽別件が入ってね。返金しようかなとも思ったのだけれど……ほら、あんな状態だし」
ダイゴさんが目配せした先は、ついさっきまで私が並んでいたチケット売り場。長蛇の列となっている。
「ボクとしては可及的速やかに別件へ取りかかりたくて。もらってくれると助かるんだけどな」
「え、あ、でも……」
名乗ってもらったとはいえ、知らない人に気安く物をもらうのはどうなんだろう。
迷う私に、ダイゴさんは眉を下げて微笑みかける。
「君がもらってくれないのなら、これは今すぐ破り捨ててしまうしか……」
「っま……!」
半分に裂かれかけたチケットに手を伸ばす。まるでそうなることがわかっていたように、ダイゴさんは私の手を掴んでチケットを握らせた。
「はい、どうぞ」
「…………あ、りがとう、ございます?」
「こちらこそ。君のおかげですぐに手放せた。じゃあ、ボクは先を急ぐから!」
頭がついていかないまま、辿々しくお礼を告げるとダイゴさんはくるりと背を向けて颯爽と歩いていく。
「あ、あの!」
咄嗟に声を張り上げて呼び止める。どうしても、気になったから。
「どうして、私に……?」
チケットが取れなくて困っている人なんて、ここにはたくさんいるはずだ。その中で、私を選んだ理由がわからない。
髪の色と同じ、鋼の瞳がこちらを見据える。妙に雰囲気があって、自然と背筋が伸びた。
「……職業柄、人を見る目があるんだ」
ちらと向けられた視線の先。私の、ポケモンたちが収まったモンスターボール。
「君は、いいトレーナーになりそうだからね」
それが、私の質問に対する答えらしい。ダイゴさんは再び歩き出して、人混みの中に消えていった。
「……不思議な人、だ」
昨日のマツリカさんといい、一癖も二癖もありそうな人ばかりに出会っている気がする。
人混みからチケットに目を移すと、とんでもないことに気がついてしまった。
「ぷ……プレミアムシート……」
とてつもなくお高いと噂の座席だ。慌ててもう一度人混みを見るも、もちろんダイゴさんがいるわけもなく。
震える手で、チケットを鞄のポケットにしまうしかなかった。