09 もえろ、もえろ

24.05.01 改稿

 放り投げたモンスターボールが光を放つ。現れたマソラの顔は、普段よりも凛々しく見えた。

「かげぇ!」

 深く呼吸をして、息を整える。落ち着いて、落ち着いて。

「いけ、バリヤード!」

 マツリカさんが出してきたのは、まるで目の前に壁があるかのようにぺたぺたと空中を触る人型のポケモン、バリヤード。

「【ひのこ】!」

「【ひかりのかべ】!」

 マソラが吐き出した火の玉が、バリヤードの前に現れた壁によって防がれる。

「【ひかりのかべ】は少しの間、特殊攻撃の威力を半減するんだよ!」

 特殊攻撃を半減……だったら。

「マソラ、【ひっかく】!」

「かげぇ!」

 バリヤードに突っ込んだマソラが前足を振り上げた。

「【リフレクター】!」

「かげっ!?」

 それも弾かれてしまう。多分、【リフレクター】は物理攻撃を半減する壁だ。
 バリヤードに、攻撃が届かない。

「【サイコウェーブ】!」

「マソラ!」

 バリヤードの掌から放たれた光によって、マソラの身体が吹っ飛ぶ。それでもマソラは体勢を整えて、目の前の相手を見据えた。
 【ひのこ】も、【ひっかく】も。大きなダメージを与えられない。一体どうすれば――

「かげ!!」

「!」

 マソラが前を向いたまま吠えた。いつもの緩やかな鳴き声とは違う。力強い、叫び。

「マソラ、【えんまく】で身を隠して!」

「かげっ!」

 黒煙がマソラとバリヤードの周りを覆う。うろたえるバリヤードの前から、壁が一つ消えた。

「【ひのこ】!」

 黒煙の隙間から僅かに漏れた火の玉。【えんまく】が晴れる前に、畳みかける――!

「もう一度【ひのこ】!」

「【サイコウェーブ】で迎え撃って!」

 互いの技がぶつかり合い、小さな爆発が起こる。その衝撃で【えんまく】が掻き消えた。
 どちらも立っている。しかし――――マソラが、膝をついた。

「マソラ……!」

 ありがとう。私の拙い指示でよく頑張ってくれたね。
 駆け寄ろうとした、その瞬間。

「かげ――――!」

 尻尾の炎が強く燃え盛る。そして、小さな身体が光り輝いた。

「ぎゃう!」

 夕焼けみたいな橙色の体は、沈みゆく夕日のように赤く。大きな空色の瞳は、きりりと勇ましく。
 一回り大きく育った、相棒の姿がそこにある。

「っ……マソラ!」

 指示なんかじゃない。それでも彼はわかったように身構える。牙の覗く口から、今までで一番大きな火の玉が吹き出した。

「【サイコウェーブ】!」

 バリヤードがもう一度【サイコウェーブ】をぶつけてくる。けれど、火の勢いに押されてバリヤードに直撃した。
 よろけたバリヤードは、そのままぱたりと仰向けに倒れ込む。

「……勝負、あったね」

 マツリカさんがいつの間にか開いていたスケッチブックを閉じる。モンスターボールに吸い込まれるバリヤードの姿を呆然と見つめていると、マソラが再び膝を折るのが視界の端に映った。

「マソラ!」

 慌てて駆け寄って様子を見る。疲れた様子で深く溜め息をつきながらも、こちらに向かって前足の指を一本立てた。……多分、グーサインだ。

「っ、さすが……頼りになるね……!」

 熱くなる目元を手の甲で拭って、たくましくなった身体を抱き締める。

「進化からの特性【もうか】……ポケモンって、面白いよね。思わず手が動いちゃったよ」

「マツリカさん……」

 私たちの前に立ったマツリカさんが、一枚の紙を差し出す。そこには進化したばかりのマソラの姿が描かれていた。

「楽しいバトルだった! あなたたちなら、ジムだって挑戦できると思う。一つ、アドバイスをするなら……よく、観察することかな」

「観察、ですか?」

「うん。自分のポケモン、相手のポケモン、それからトレーナー。技、動き方、考え方……。バトルも、絵を描くのも、モチーフをよく見て、知ることが大事だって私は思ってる」

「……できる、でしょうか」

 ツキミが眠ったときも、マソラが吹っ飛ばされたときも。焦って一瞬思考が止まってしまった。私がもっと、落ち着いて判断できていれば……。

「誰しも最初から何でも上手くいくわけじゃないよ。私だって一日に何枚もスケッチしてるけど、まだまだだなーって思うもん」

「そう、なんですか?」

 受け取ったマソラの絵は、素人の目でも生き生きとして見えるのに。

「うん。だから、私もあなたもまだまだこれから! ポケモンたちと一緒に、頑張っていくの」

 マソラの顔を見つめる。彼も私を見つめ返して、こくりと頷いてくれた。

「……はい!」

「いい返事!」

 にかっと笑ったマツリカさんに絵を返そうとすると、「それ、あげるよ」と言われた。

「素敵なものを見せてくれたお礼として、受け取ってほしいな」

「ありがとうございます。えっと、アドバイスも!」

 ぺこりと頭を下げれば、マツリカさんはひらひらと手を振った。

「楽しかったよ、アヅサ。アローラ!」

 不思議な絵描きのトレーナーさんは、南の島を感じさせる挨拶を残してふらりと去っていくのだった。