08 ディグダのあなをぬけて

24.05.01 改稿

 翌朝、私たちは二番道路に戻って『ディグダの穴』の入口前に来ていた。
 ディグダとその進化系であるダグトリオが掘ったと言われるこの洞窟は、港町クチバシティへの近道だ。
 中は周りが見えないほど真っ暗闇ではないものの、念のためスマホのライト機能とマソラの尻尾の炎を頼りにする。

「マソラ、前を歩いてもらってもいい?」

「かげ」

 任せろとばかりに前足で胸元をぽんと叩いたマソラが私の前に出る。ツキミは私の足元で周囲の様子をうかがっていた。
 遠くの方をライトで、近くをマソラに照らしてもらいながら先へと進んでいく。ときどき、ぼこぽこと盛り上がる土の中からディグダが顔を出した。特にバトルになることはなく、ディグダは引っ込む。……確か、ディグダはじめんタイプ。マソラとツキミは相性が悪かったはず。向こうがこちらに興味を持たないでいてくれる方が助かる。

「……みずタイプか、くさタイプのポケモン……捕まえた方がいいかなぁ……」

「ぴか?」

「仲間、増やそうかなぁって」

 自分で口にしておきながら、なんだか不思議な気持ちになる。ポケモントレーナーになったのはつい数日前だし、ツキミを仲間にしたのはちょっとした偶然みたいなものなのに。もう三匹目を手に入れることを考えている。

「ぴかぴか」

「ん? 何?」

「ぴかぁ」

 足をぺちぺちと叩かれる。しゃがんでなるべく目線を合わせれば、ツキミはにこっと笑った。

「仲間、楽しみ?」

「ぴっか!」

「……うん、そうだね。新しい仲間が見つかるの、楽しみ」

 頭を撫でると、先を歩いてくれていたマソラも近寄ってくる。ぺこりと頭を下げるので、同じように撫でた。
 今度はどんなポケモンを仲間にできるのかわからないけれど。こんな風に触れ合って仲良くなれるといいな。

「あっ!」

 再び歩き出すと、出口らしき光が見えてきた。駆け出したい気持ちを抑えながら、慎重に進む。
 スマホのライトやマソラの炎よりも眩しい太陽の光に目を細めながら、肌を撫でる風に潮の香りが混ざっていることに気づく。
 クチバシティ。カントー地方最大の港町に到着だ。

◇◆◇

 早速、ヤマブキ行きのバスに乗るため、バスターミナルに向かったのだが。

「まさかあんなに混んでるとは……」

 まだお昼過ぎだというのに、今日出発のヤマブキ行きのバスは全て予約が埋まっているらしい。グレン島の噴火により船が動かせないため、ジョウトに行きたい人はリニアを利用しているようだ。みんな、考えることは同じなんだなぁ……。
 とりあえず、明日の朝出発の乗車券は手に入ったのでひとまず安心だ。

「まずはポケモンセンターで部屋を借りて……後はどうしようかな……」

 クチバの名物といえば、一年に一度訪れる豪華客船『サント・アンヌ号』だけど、今は時期じゃないし、こんな状況だから停泊していない。ジムは……でんきタイプか。どうなんだろう……相性は関係なさそうだけど……。

「ちょっと怖いんだよな……」

「何がですか?」

「ひょわっ!?」

 独り言に返事があって肩が跳ねる。慌てて後ろを振り向くと、鼻の上にピンク色のペイントをつけた年の近そうな女の子が立っていた。

「びっくりさせちゃった。ごめんなさい。でも気になっちゃって」

「は、はぁ……」

「私、マツリカ。あなたの怖いものって何のこと?」

 マツリカと名乗ったその女の子は不思議そうに首を傾げる。二つに結んだ金の髪が揺らいで、ピンクに染まった毛先がまるで絵筆のように見えた。

「えっと、その、少し……時間ができたので。ジム戦にでも挑戦してみようか、と思ったんですけど……自信が、なくて……」

「なるほど。だから怖いんだ」

「はい……」

 マツリカさんは悩んだ様子でうんうん唸っていたが、突然何かを思いついたのか私の腕を掴んだ。

「よし、行こう!」

「えっ、どこへ!?」

「バトルコート!」

 マツリカさんに手を引かれるままやってきたのは、海辺の近くにある公共のバトルコートだった。彼女は私をコートの端っこに立たせると、向かい側まで移動する。

「手持ち、何体いる?」

「二体……」

「じゃあ使用ポケモンは二体のシングルバトル! のびのびやろう。その方がきっと、いい絵になるから!」

 そう言うと、マツリカさんは大きなリュックからボールとスケッチブックを取り出す。まさか、バトルしながら絵を描くわけじゃないよね……?

「いくよー!」

 マツリカさんがボールを投げる。現れたのは桃色のまん丸な身体に大きな三角耳がついたポケモン――プリンだ。

「ツキミ、お願い!」

「ぴっかちゅ!」

 やる気いっぱいの返事をしてくれたツキミがプリンに向かって走っていく。

「ピカチュウか。いいね!」

「【ほっぺすりすり】!」

 まずは麻痺状態にして相手の動きを鈍らせる。ツキミお得意の戦法だ。

「【かなしばり】!」

「ぴっ!?」

 ツキミが立ち止まってほっぺたを押さえる。急にどうして……!?

「【うたう】!」

「ぷりり〜♪」

 プリンが楽しそうに歌い出す。それを目の前で聞いていたツキミがうとうとし始めた。

「ツキミ、寝ないで! 【でんこうせっか】!」

 電気が出ないのなら直接攻撃するしかない。しかし、ツキミは動かなかった。

「【おうふくビンタ】しちゃえー!」

 プリンは寝ているツキミのほっぺたを何度もはたき出す。

「ぴかぁ〜!?」

「ぷりっ!?」

 無理矢理叩き起こされたツキミから、電撃が迸った。すぐそばにいたプリンにも直撃だ。

「わー! マツリカびっくり!」

「ツキミ……!」

 稲妻が消え去ると、そこには目を回して倒れるツキミとプリンの姿があった。駆け寄って抱き上げようとするが、静電気がすごくて触れない。

「叩かれて驚いちゃったのかなー? すっごい電撃だったね!」

「……おつかれさま」

 撫でるのは落ち着いてからにしよう。ツキミをボールに戻す。
 ……引き分け、っぽくなってるけど。これは負けだ。戸惑っているツキミに上手く指示を出してあげられなかった。
 ぐっと唇を噛み締める。悲しい、というより――。

「まだバトルは終わってないよ」

 ゆるやかな声が届く。顔を上げれば、プリンを戻して二つ目のボールに手を掛けたマツリカさんが微笑んでいる。

「さあ、位置に戻って。バトル、続けよう!」

「……はい!」

 ツキミのボールを腰のベルトにつけて、次のボールを手に取る。赤く透けた半球越しに、君と目が合った。……大丈夫。今度は――負けない。