スイーツタイムはこれから、(ラギー・ブッチ)

 冷蔵庫で寝かせていた生地を取り出す。ラギー先輩が打ち粉をしてくれたまな板の上に載せると、めん棒で引き伸ばされた。
 丸かったそれが均等に平たくなったところで、先輩が声を掛けてくる。
「アヅサくん、型とかどうします?」
「これ使います」
 コップとペットボトルの蓋を見せると、訝しげに首を傾げられた。まずは試しにと、生地にコップを押し付ける。丸く型を抜いた生地の中心にペットボトルの蓋をはめ込んで引き抜くと、ぽっかり穴が空く。
「マジカメ見てたらこうやって作ってる人がいて。思いついた人天才ですよね」
「シシシッ、大げさ」
 コップと蓋をラギー先輩に渡して、私は揚げる準備をする。お鍋に入れた油を熱して、くり抜かれた生地を放り込んだ。両面がこんがりきつね色になるまで挙げて、油を切っていく。仕上げにグラニュー糖をまぶせば、ドーナツの完成だ。
「揚げたても〜らいっ」
「あっ」
 ひょいとドーナツを摘まんだラギー先輩が、大きく口を開けてかぶりつく。はふはふと熱そうな息を漏らしながらも、満足そうに飲み込んだ。
「ん、美味い」
 ぺろぺろと指についた砂糖を舐める姿を苦笑しながら見つめていると、先輩はもう一つドーナツを手に取った。
「先輩、飲み物入れますから座って――」
「違うッスよ」
 半分に割ってふうふうと息を吹きかけると、私の口元に差し出す。
「はい、口開けて」
「え……」
 戸惑う私に焦れたのか、ドーナツをぐいぐい押し付けてくる。仕方なく口を開けて咀嚼すると、ほくほくとした食感と優しい甘みが広がった。
「おいひい」
 私の感想に納得したように頷くと、親指で唇を拭われる。それから見せつけるように、ぺろりと舐め上げた。
「甘いッスね」
 砂糖のことだってわかってても、体温が上がる。悪戯っぽく細まるブルーグレーの瞳から逃げようと飲み物を取りに行った。
「アヅサくん、オレりんごジュースがいいなぁ。エペルくんとこのやつ」
「……はーい……」
 飲み物のオーダーをしてくる恋人に、つい不満を乗せた声で応えればくすくす笑われた。
「後でた〜っぷり甘やかしてあげるから、機嫌直してくださいよ。オレの可愛い子猫ちゃん?」
 そう言って、ご機嫌な様子でドーナツを持った皿を運ぶ彼の後ろをついていく。
 飲み物で塞がった手の代わりに、おでこをこつんと目の前の背中に軽くぶつけた。

2023年9月10日