一途と言えば聞こえはいい(イデア・シュラウド)

 花婿を求めるゴーストのお姫様に『理想の王子様』として連れ去られたイデア先輩。彼女と結婚することは共にあの世へ行くこと――つまり死を意味するらしい。
 イデア先輩を救うべく、精鋭たちを向かわせるも悉く失敗。残ったメンバー……エース、エペル、リドル先輩、ルーク先輩がばっちり正装して突入することとなった。
 私とグリムもそのサポート役として同行。結果、まあ色々あったけれどお姫様は別の相手を見つけて、幸せそうに去っていった。めでたしめでたし。
「……あの」
 学園長に半ば無理矢理任された後片付け中、控えめな声に呼ばれて振り向く。そこには、炎のように揺らめく青白い髪を一つに束ね、黒いフロックコートを身に纏ったイデア先輩が立っていた。
「ちょっと、いい?」
 グローブに包まれた手が、服の裾を掴む。私も話をしたいのは山々だが、声を掛ける前に面倒な仕事を押し付けられてしまったのだ。それも私だけならともかく、普段から連んでいる同級生たちもいる。勝手に抜ければサボりだなんだとやいやい言われるのが目に見えていた。
 文句を垂れながら片づけに勤しむ真っ赤なチェックのタキシードを着たエースに目配せすれば、指を下に向けた手を追い払うように振られる。
 ちゃちゃっと済ませて戻ってこい、という意味だと判断した私は、イデア先輩を連れて大食堂を後にした。

◇◆◇

 とうに日付を跨いだ空には、星が瞬いている。思わず漏れた欠伸はとうに寝ている時間ということだけでなく、疲れと安心感も含んでいた。
「アヅサ氏ってさ、実は拙者のことそんなに、その、好きじゃなかったりする?」
「……はい?」
 唐突な質問に首を傾げると、イデア先輩はそっぽを向きながら矢継ぎ早に続ける。
「だってさ、仮にも恋人が他の女と結婚させられそうになってる上に死ぬかもしれないのに、いの一番に駆け込んでくるどころか最後に登場って……いやまあ確かに真打ちは遅れて登場するのがセオリーといえばそうなんだけどだとしてももっとこう……『イデア先輩、大丈夫ですか?』とか『私のイデア先輩に手を出さないで!』とか正妻ポジとしての堂々たる振る舞いを期待していたといいますか……あっ正妻ポジ以外いらないからね。拙者にはアヅサ氏しかいないので……」
 なんか色々言われたけれど、要は心配してほしかったし嫉妬してほしかったということかな。だとすれば。
「本当は、最初に助けに行った人たちより先に乗り込んでやろうと思ってたんですよ」
「そんなの後から言われても信憑性ないが?」
「言うと思った」
 嘘じゃないんだけどな。行こうとしたらエースとデュースに「馬鹿!」って言われて止められたのだ。私一人が行ったところでどうにもならないし、怪我するだけだと。
「ゴーストにも言ってやりたいこと、それなりにあったんですけど……これもエースがほとんど言ってくれて」
 エースの説教に、入学して間もない頃を思い出して懐かしい気持ちになったくらいだ。
「そしたら、イデア先輩フラれちゃったし」
「そもそも求婚を受けた記憶がないんで無効でしょ、あれは!」
「でも、フラれたおかげでイデア先輩はここにいますよ」
 そっと手を伸ばして指先に触れると、驚いたのかびくりと震える。私の手よりも一回りは大きいそれを、両手で包み込んだ。
「本当に、連れて行かれなくてよかった」
 ゴーストと結婚したら死ぬ、って聞いて。頭の中が真っ白になった。エースとデュースが止めてくれなかったら衝動のまま駆け出していただろう。
「もしイデア先輩が……いなくなっちゃったら。オーバーブロットして大暴れしてたかも」
「……アヅサ氏は、オーバーブロットできないよ」
「ものの例えですよ」
「……仮に魔法士だったとしても君にはできない……圧倒的光属性主人公だから……」
 イデア先輩は、時々私をそうやって呼ぶ。そんな、綺麗な人間じゃないけど。
 私だって、好きなひとがちょっかいだされていたら怒るし、命を奪われそうになっていたら相手を強制成仏させてでも取り返そうと思う。
 とっくの昔に死んでしまった、どこぞの知らないお姫様の幸せなんかよりも――大事なひとを守って一緒に生きていく幸せを、選ぶ。
「やっぱり、エースばっかに言わせるんじゃなかったかなぁ」
 私も文句の一つや二つ言っておけばよかった。
「……アヅサ氏がエース氏とマブダチ? ってやつ? なのは重々承知してるんだけどさ」
「はい」
「彼氏差し置いてアイコンタクトとか、ゴーストに言いたいことが同じだったとか、そういう以心伝心アピどうかなと思うんですが」
「……エースに妬いてるんですか?」
「当然の主張をしてるまでですが!?」
 ぶわりと髪の色が一瞬桃色に染まる。炎色反応みたいなそれに見蕩れて、笑ってしまった。
「イデア先輩」
「何」
「大好きですよ」
「……じゃあ、どこにも行かないで。僕とずっと一緒にいて」
「えっ」
 ぽつりと呟かれたそれに耳を疑って問い返せば、イデア先輩は普段の動きからは考えられないほどせかせか歩いていってしまう。
「イデア先輩、今の……」
「あーあーあー! 知らない! 拙者もう心労重なってくったくたですのでこれにて失礼させていただきますわ! おつかれっしたー!」
 遠くに消えていく炎を見送って、やれやれと溜め息をつく。
「……一緒にいますよ。だから離さないで」
 どうか、私の未練になって。……なんて、重すぎて言えない。

2023年9月10日