その言葉にはいつも優しさが溢れている(デュース・スペード)

 とてつもなく眠気を誘われる午後の授業を終え、今日は部活もないので寮に帰ろうと立ち上がる。
 そんな僕を呼び止めたのは、隣の席に座っていた友人――アヅサ。
「デュース、放課後デートしよう」
「…………えっっっっ!!!?」
 アヅサからの突然の誘いに一瞬思考が停止した。
 デート? って言ったよな? 俺が? アヅサと?
 混乱する僕を見て、アヅサがくすくす笑う。
「なんてね。ちょっと買い溜めしておきたいから購買部付き合ってほしいだけ。駄目かな?」
「そ、そういうことか。もちろんいいぞ」
「ありがとう。お礼になんか奢るね」
「言ったな? さて、何にするか……」
「あんまり高いのは勘弁して」
 アヅサと話すのは楽しい。こいつはあまり口数の多い方じゃないけど、僕の話を聞いて楽しそうにしている姿を見るのは結構好きだ。
 たまにびっくりするほど毒舌だし、エースと一緒になってからかうような真似もするけど、なんかそういうのもマブっぽくていいなと思う。
 購買部についたので、早速買い物カゴを持ち、アヅサに目当てのものは何なのか尋ねる。
「何買うんだ?」
「日持ちするもの。パスタとか缶詰とか。ストックが切れそうなんだ」
 オンボロ寮にはアヅサとグリム、ゴーストたちしかいないため、必然的にアヅサは自炊をすることになる。
 エースとたまに食べに行ったりするが、アヅサの料理は結構美味しい。食べるとほっとするというか、落ち着いた気持ちになれる。
「自炊してると大変だな」
「そうだねぇ。親の存在ってありがたいなぁって改めて思ったよ」
「……親、か」
 頭に思い浮かぶ母さんの姿。僕は母さんが胸を張って誇れる息子になるため、この学園で優等生として過ごすことを決めた。
 正直なところ、なかなか思う通りにはいかない。勉強にはついていけないこともあるし、魔法も上手く出せなかったりする。
 どうすればいいだろうか、とアヅサに相談したことがある。こいつには僕が何故『優等生』になりたいのか話をしたことがあるからだ。
「最初から上手くいく人の方が少ないんじゃないかなぁ。大抵の人が失敗から始まって少しずつできることを増やしていってるんだと思うよ?」
 そんなこと、僕にだってわかっている。だけどその時はすごく焦った気持ちだった。
 上手くいかないことが何度か続いていたからだったと思う。
「だけど、それじゃあ優等生に……」
「デュースにとっての優等生って何?」
 僕にとっての優等生?
「それは、真面目で、頭が良くて、尊敬できる……ローズハート寮長みたいな?」
 口にするうちに思い浮かんだのは自分が所属するハーツラビュル寮のトップ。リドル・ローズハート寮長の姿だった。
 成績優秀、魔法の腕もいい。品行方正で、自分にも他人にも厳しい。
「ああ、確かにそういう意味だとリドル先輩は優等生だね。じゃあさ、なんで先輩は優等生なんだと思う?」
「なんでって……」
「私はね、リドル先輩が小さい頃から勉強も魔法もこつこつ努力してきたから優等生なんだと思うんだ。デュースはここの入学が決まったことをきっかけに優等生になろうって思ったわけじゃん。そりゃあ、昔から積み重ねてきた人と今から頑張ろうとする人じゃ差が出てもおかしくないよね?」
「確かに」
 アヅサの言う通りだと思った。ローズハート寮長は小さな子供の頃から親に厳しく育てられたのだという。一朝一夕で優等生になったわけじゃない。
「だから、デュースはこれからなんだよ。勉強も魔法も優秀な尊敬できる人になるのは、デュースがこれからどれだけ頑張るかで決まってくるんじゃないかなぁ」
「僕の頑張り次第、か。ありがとうアヅサ。やっぱりお前に相談してよかった」
 僕の言葉に、アヅサは小さく笑って――
「デュース?」
「へっ?」
 気がつくと、僕は両手に買い物袋を持って帰路についていた。
 アヅサが心配そうにこちらの様子を窺っている。
「ぼーっとしてたけど、なんか考え事?」
「あっ、ちょっと、母さんのことを思い出して……」
 というよりかはアヅサのことだったんだが、口に出すのは躊躇われて言えなかった。
「そっか。お母さんと連絡とってる?」
「たまにな」
「たまに、か。それぐらいが丁度いいのかもね」
 アヅサはふっと溜め息をつく。どこか寂しそうに見えるのは、多分気の所為じゃない。
 連絡を取り合える家族が、この世界にいないのはどれだけ心細いことだろう。
「アヅサ、その、今度のホリデーにでも、うちに来ないか?」
「え?」
「いや、ほら、母さんにな、友達を紹介したいんだ。あ、それに母さんが作る卵料理はめちゃくちゃ美味くて、お前にも食べてほしい!」
「……私は、嬉しいけど。デュースのお母さんびっくりしないかな。ご迷惑にならない?」
「ならない。母さんもきっと喜んでくれる。娘がほしいって言ってたからな!」
 困ったように眉を下げていたアヅサの表情が、次第に苦笑いへと変わる。
「あー、デュース。多分それ――」
 アヅサの言葉を遮るようにピロンと軽快な音が鳴った。
「もうそんな時間か」
 どうやらアヅサのスマホの通知音だったらしい。スマホの画面を確認して制服のポケットに仕舞うと「よし。行こうかデュース」と歩き出す。
「行くって、どこに?」
「ハーツラビュル寮! ……の前に、オンボロ寮に荷物置きに行こうか」

♠︎♤♠︎

「誕生日おめでとう、デュース!」
 寮へと帰ってきた僕を待ち構えていたのはクラッカーの紙テープとお世話になっている先輩たち、それからエースとグリムだった。
「おっせーよ、アヅサ。どこほっつき歩いてたワケ?」
「ごめんごめん。購買部で買い物してたら結構長くなっちゃった。サムさんに頼んでたものとかもあったし」
 突然の出迎えに呆然としていたが、エースに絡まれているアヅサの言葉に我に返る。
「頼んでたもの……?」
「デュースがぼーっとしてる間に取り寄せてたものを引き取ってきたんだよね。買い物はついででした〜。はい、どうぞ」
 アヅサが手渡してくれたのは、綺麗に包装された小さな包み。
「誕生日プレゼントだよ」
「オレたち皆でちょっとずつお金出しあって買ったんだぜ。感謝しろよ〜?」
「オレ様もツナ缶我慢したんだからな!」
「ほら、デュースちゃん。早く開けてみて!」
 ダイヤモンド先輩に促され、破かないよう少しずつ包みを開いていく。
「これは……」
 中に入っていたのは、二種類の写真立て。
「マジカルフォトフレームって言うんだって。マジカメに上げた写真を共有することで、ここに出てくるらしいよ」
「アヅサが選んだんだよ。あの時は驚いたな。ギフトカタログ片手にこれだ! って叫ぶから」
「だ、だって皆さんがプレゼント係とか訳わかんない役に任命するから! めちゃくちゃ悩んだんですよ!?」
「結果、君はいいものを選んだじゃないか。期待通りの働きだったよ、アヅサ」
 クローバー先輩やローズハート寮長にからかわれているアヅサに一つ疑問をぶつける。
「これ、なんで二つなんだ?」
「一つはデュースのお母さんにどうかな、って。デュースが楽しく学校に通ってる様子見られるの、きっと喜ぶと思うよ」
 そう言って、笑う。
 あの時と同じだ。小さな笑み。優しくて、柔らかくて、胸の奥がじーんと熱くなる。
「ありがとう、アヅサ。先輩方も僕のためにありがとうございます!」
「オレはどうしたオレは」
「オレ様のことも忘れるな〜!」
「ああ、そうだった。ありがとな、エース。グリム。持つべきものはやっぱりマブだな!」
「出たよワル語録」
「デュースらしくていいじゃん」
 けらけら笑うエースとアヅサに釣られて、僕も笑う。
――まだまだ優等生にはほど遠いけど、友達や先輩に恵まれて、楽しく学園生活を送れている。
 母さんは、喜んでくれるだろうか。

「そういえばアヅサ。寮に来る前に僕に言いかけてたことって何だったんだ?」
「……なんでもないよ」
(それって多分、お嫁さん的な人を期待してるんだと思うよ……なんて、ね)

2023年7月12日