Tell love only to me(エース・トラッポラ)

 五百年ほど前に滅んでしまったという国のお姫様。彼女は理想の王子様との結婚を夢見て、ゴーストになってしまった今でも臣下であるゴーストたちとともに王子様を探し続けていた。
 そしてついに、理想の王子様――イデア先輩を見つけたのである。
 しかしゴーストと結婚するということは『死者と永遠に連れ添う』という契約を結ぶこと。有り体に言えば死ぬらしい。
 なんだかんだと言いつつもイデア先輩を救い出すことになった私たちは、お姫様の婚約者として選ばれ彼女の左手薬指に強制成仏アイテム『断絶の指輪』を嵌める作戦、名付けて『オペレーション・プロポーズ』を決行することとなった。
 お姫様の理想の一つである高身長な生徒たちが選ばれ挑戦するもことごとく失敗に終わり、体を硬化させるビンタまで受ける始末。しかも結婚式は今夜執り行われることとなり、時間もない。
 そんなわけで事情を知るルーク先輩とエペル、リドル先輩。そして、エース。サポート役として私とグリムが結婚式場である大食堂に乗り込むことになったんだけど。
「おいアヅサ、なんでそんな暗い顔してんだ? 腹減ったのか?」
「ううん、別に……」
 お腹は空いてない。乗り込む前に英気を養っといた方がいいと思って軽く食べたところだし。
「じゃあ腹が痛えのか?」
「特には」
「わかった! 眠いんだろ」
「……あのねグリム。確かに私は割と本能に従って生きてるよ。お腹空いた時と眠い時に不機嫌になるのもちゃんとわかってる。でもね、それ以外の理由でも気分が滅入ることだってあるんだよ」
「じゃあなんで落ち込んでんだゾ?」
「……」
 理由はわかっている。けど、それを口にしたくない。言ったところでどうしようもないし、余計にへこみそうだからだ。
「やっぱり行くなんて言わなきゃよかったかなぁ……」
 あの四人だけでは不安だから、とオルトくんに懇願されて頷いたものの、本当は気乗りしていない。
「アヅサさん!」
「ひょわっ⁉︎ ごめんなさいちゃんと行きます!」
「? 皆が着替え終わったみたいだから呼びにきたんだけど……」
 購買部の入り口から顔を覗かせたオルトくんに、一人言を聞かれたかもと謝るも首を傾げられた。
「あ、着替え……。そっか、今行くよ」
 最後のチャンスになるだろうということで念入りな準備を行うことになり、四人には正装してもらうことになった。その着替えがどうやら済んだらしい。
 お店の中に入ると、きっちりとめかし込んだ彼らが立っていた。
 ルーク先輩は流石ポムフィオーレ生というべきか、衣装に着られていることもなくスマートな佇まいだ。リドル先輩は真っ赤なタキシードという一歩間違えば派手派手しく見えるそれも、普段の凛々しさと勤勉な姿のおかげか品良く着こなしている。エペルも、普段の愛らしさを残しながらもどこか紳士然としたかっこよさがある。なのに細々とした装飾品が彼の魅力を引き出していて可愛らしい。
 皆さん百点! ボーテ! と心の中で拍手喝采を送る。
「よお」
「……エース」
「どう? これ、キマってる?」
 ほんの少し居心地悪そうな顔をしたエースに声をかけられて、彼の姿を上から下まで確認する。
 赤いチェックのタキシードはどこか可愛らしい雰囲気で、大きなロゼットもとても目を引く。髪型もオールバックにしていて、とても新鮮だ。
 子供っぽい服装に見えるのに、全然そんなことなくて。
「似合ってるよ、すごく」
 かっこいい、と言おうとしてやめた。そう、すごくかっこいい。心臓がドキドキしてうるさいくらいには。
 でもこの格好は、ゴーストのお姫様のためにしているもの。
 それに対して「かっこいい」と言うのは、なんだかすごく嫌だった。
「……ま、お前がそう言うなら信じるか」
「それはどうも」
「惚れ直した?」
「……何言ってんだか……」
 その通り、なんて恥ずかしくて言えるわけもなく。誤魔化すように苦笑いをすれば、向こうは余裕そうな笑みを返してくる。
「照れんなよ、ハニー?」
「うるさいよ、ダーリン」
 いつも通りのなんてことない軽口が、少しだけ心を軽くしてくれる。このまま楽しくお喋りできれば、なんて。無情にも時間は過ぎていくばかりだ。
「エース、監督生。時間がない。行くよ」
 リドル先輩の言葉に、再び気持ちが沈んでいく。行きたく、ないなあ。
「はーい寮長。……行くか」
「うん」
 当たり前のように繋がれた手を、そっと握り返す。
 胸の奥に燻るもやもやは、蓋をして閉じ込めた。

◇◆◇

 リドル寮長に乗せられて勢いで参加したけど、こんな作戦面倒だしどうでもよかった。
 大体なんで好きでもねー奴にプロポーズなんかしないといけないわけ?
 しかも理想の王子様とか、いるわけもない存在信じてるゴーストのお姫様にさ。
 ……アイツも、たまにそういうこと言うんだよな。ムカつくことに。
「物語に出てくる王子様とか、お姫様とか、そういう感じの人に憧れちゃうんだよね。なりたい、とかじゃなくて、こう、なんていうか……ファン? 陰からそっと見守りたくなる」
 先輩たちのプロポーズを見ながら「お姫様の気持ちもわからなくはないかなぁ」と呑気に呟いていたアヅサの言葉を思い出す。
「じゃあ何? お前も出会い頭にデュエットとか、逃げたら追いかけてくれるとか、そういうのが好み?」
「いや、歌われても困るかな……。お姫様の理想は、ちょっと申し訳ないけれどかなり古典的なタイプの王子様かと……。そうじゃなくて立ち居振る舞いとか雰囲気? が王子様っぽい人が好きというか」
「へぇ〜? 王子様が好き、ねぇ」
「あ、あくまで好みのタイプの話だからね? 実際のところはその、どうなるかなんてわかんないし」
「よく聞こえないんだけどー? 実際がなんて?」
「え、いや、それはその……ねぇ、なんか怒ってる⁉︎ 私がなんかしたなら謝るのでちょっと勘弁してください……!」
 まあ、アイツの好みの話は散々からかってやったので後にして。
 結局、お姫様はチャビーとかいう幼馴染みのゴーストと結ばれて家来たちとどこかに行った。オレたち被害者のはずなのにスッキリしないまま解決したのはなんか癪だけど。
 それにアイツら、学園に飾り付けしたまま帰っていきやがったからオレたち一年生とオルトで大食堂の片付けすることになっちまったし。
 そこらじゅうに飾られた花やらリボンやらを取り外していく。これゼッテー一晩じゃ終わらない。
「あー、なんでオレが他人の恋愛のごたごたに巻き込まれないといけないんだよ……。大体五百年も一緒にいるんだから気づけよな」
「距離感が近い方が気付きにくかったりするもんなんじゃない?」
 欠伸を噛み殺しながらちまちまとレースを外すアヅサの言葉に「そういうもん?」と聞けば「いや、知らんけど」と返される。
「うわ、テキトー」
「だって幼馴染みとか、そんなに近しい相手なんていなかったし」
「えっ」
「え?」
 思わず、といった感じで声を上げたエペルを見て、アヅサが首を傾げる。
「私、なんか驚くようなこと言った……?」
「……アヅササンとエースクンは、ここに入学してからほとんど一緒にいるよね?」
「あー、うん、そうかな?」
「まあ、そうなるな」
 入学式の翌日に声かけて、魔法石探して、クラスまで一緒だったから、自然とそうなった。
「それで、二人は付き合ってるよね?」
「へっ⁉︎」
「そーだけど。それが?」
「一緒にいる時間が長いと気づきにくい、っていうのはアヅササンとエースクンの体験談なんだと思って。でも違うって言うから、他に理由があるのかなと」
 なるほどね。確かにそうだわ。
 コイツ、オレの気持ちに気づくどころか告白してからも自覚薄かったし。
 付き合っていることを指摘されて慌てていたアヅサも、エペルの言葉を聞いて考えているようだった。
「……そういうことなの?」
「知るかよ。ホント恋愛絡みだとポンコツだよなお前」
「すみませんねポンコツで!」
「エースクンは詳しそうに見えるよね」
「つまりオレのこと、チャラいって言いたいわけね?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
「エースに恋愛のことなんて聞いたら可哀想なんだゾ。わかるわけねーじゃねえか。こんなひねくれてて意地悪なヤツ、モテないに決まってるんだゾ」
 グリムに言われたところで全然気にならない。僻みにしか聞こえねー。
「ミドルスクールの頃は、一緒に遊園地や映画館に行くガールフレンドくらいいたし」
 アヅサを横目に見れば、再び片付けに没頭しているようだった。コイツ……。
 そっからは自然と恋バナをする流れになった。
 デュースはそもそも怖がられてて話をするどころでもなかったし、ジャックはクソ重い。話を振ってきたエペルにも浮いた話はなかった。セベク? 論外。グリムはまあいいとして、残りは一人。
「アヅササンはどうなの? エースクンと付き合う前に好きだった人とかいた?」
「私?」
 作業の手を止めたアヅサがひらひらとその手を振る。
「ないない。こっちに来る前は男友達とかいなかったし、あんまりそういうこと考えたこともなかったなぁ」
「コミュ障だもんなー、お前」
「はいはいそーですね」
「じゃあ、アヅササンはこっちに来るまで恋したことなかったんだ?」
「いや、あるけど」
「え?」「ああ?」「んん?」「ふなっ?」
 あっけらかんとした態度で放たれた言葉に、この場の全員が固まる。
 それをぶち壊したのはあの馬鹿だった。
「へぇ。アヅサの初恋はエースじゃないんだな!」
「…………はあああ⁉︎」
 何それ。ふざけんな。
 人見知りで、コミュ障で、自分の恋愛となると死ぬほど鈍いコイツが、恋⁉︎
 詰め寄れば小さく悲鳴を上げて後退るので両肩を掴む。
「お前、好きな人いねえっつったじゃん」
「こっちに来る少し前まではいなかったよ。もっと小さい頃の話」
「だとするとエレメンタリースクールとか、その辺りか?」
「デュース残念。もっと前」
「そんなに⁉︎」
「ガキじゃん! ノーカンだろ!」
「えー……でも、ほんとに好きだったんだけどな……」
 少しだけ視線を落として頬を赤らめるアヅサの姿に苛立ちが募る。
「どんな人、だったの?」
「えっとね、一見冷たそうだし喋り方もぶっきらぼうなんだけど本当はすごい優しかった。面倒見も良くて、いつも私の傍にいてくれて遊んでくれたんだよ。毎日公園に連れてってくれたり、お菓子買ってくれたり……」
 指折り数えながら初恋の相手とやらについて語るアヅサは腹が立つほど嬉しそうだった。
 よくもまあ、彼氏の前でそんな話ができるよな。
 さっきはオレの話なんか聞かずに片付けやってたくせに。
 ……この場で口塞いでやろうかな。
「当時も渋くてかっこよかったんだけど、若い頃の姿がすっっっっごく良くて! 写真見て一目惚れだったんだ〜」
「……ん?」
 渋い? 若い? 写真……?
「あのさ、アヅサ。結局、お前の初恋の相手って誰?」
「え? 私のおじいちゃん」
「……はぁぁぁぁ……」
 あー……そういうオチかよ。
 他の奴らもそう思ったようで、脱力したように肩を落としている。
「残念だったな、エース。おじいさんなら仕方ない」
 どこか笑いを堪えた様子のデュースに肩を叩かれる。面白がってんじゃねえぞこのヤロー。
「僕はいいと思うぞ! 尊敬できるお祖父様なんだな」
「僕も素敵だと思う! アヅサさんのお祖父さんに会ってみたかったなぁ」
「ありがとう、セベク。オルトくん」
「お前ら、ちょっとズレてんだゾ……」
 今回ばかりはグリムに同意するわ……。アヅサの爺さんに嫉妬とかはっず! 大体よく考えてみればあの嬉しそうな顔、アイツが家族の話する時と同じじゃん。なんで気づかねーんだよオレ。
「……エース、まだ怒ってる?」
「別に。そもそも怒ってねーし」
「いやどっからどう見ても怒ってるよ……」
 苦笑しながら、アヅサはオレの耳元に顔を寄せる。
「エースのことが、一番好きだよ」
 柔らかな声が甘く耳を擽る。一番好き、という言葉がじわじわと胸の奥に広がっていった。
「……それで許すと思う?」
「許してくれないの?」
「うん。許してやんない」
「ええ〜……困ったな」
 簡単に絆されてしまうのが嫌でへそを曲げたふりをすれば、向こうもわざとらしい態度を見せる。
「今日、オンボロ寮に泊めてくれたら考える」
「泊まるだけなら、どうぞご自由に」
「じゃあ好きにさせてもらうわ」
 そもそも泊まるつもりだったけど。こんなに頑張ったんだから、ご褒美の一つや二つ貰わないとわりに合わない。
「そこの二人、いつまでも引っ付いてねえで片付けやれ」
「あ、ごめん!」
「へーへー。やりますよっと」
 ジャックの呆れた声にアヅサがぱっとオレから離れて片付けを始める。今更何を恥ずかしがってんだか。ま、そういうところが一緒にいて飽きねえんだけど。
「……これ、そもそも今夜中に帰れるのかな……」
「焼き払った方が早いかもしれないね! シミュレーションしようか?」
「ありがとうオルトくん。気持ちだけいただいておくね!」
 オレたちが片付け終わるのが先か、オルトがビーム撃つのが先か。
 大食堂で爆発に巻き込まれるのはごめんだと、目配せしたオレたちは仕方なく手を動かした。

◇◆◇

 大食堂の片付けも無事終わり、私はエースと一緒にオンボロ寮への帰路を歩いていた。
 グリムは気を遣ってくれたらしく、デュースと一緒にハーツラビュル寮へ行ってしまった。「アイツに言いたいことがあんならちゃんと言うんだゾ」なんてらしくないアドバイスを残して。
 流石、一緒にいる時間が一番長いだけある。お互い考えていることはなんとなくわかるようになってきた。もしかしたら購買部でエースたちが着替えているのを待っている時も、彼なりに私を励まそうとしていたのかもしれない。なんて、考えすぎか。
「すっかり遅くなったな。明日起きられねーかも」
「私も自信ないなぁ」
「免除にしてくんねーかな」
「あの学園長がするわけない」
「だよな。言ってみただけ」
 明日、いつも通り起きて学校に行くのが憂鬱になる。仮に行けたとしても睡眠学習になるに違いない。……鞭とお小言が飛んでくるんだろうな……。
「……あのさぁ」
「うん?」
「お前、なんかオレに言いたいことあるんじゃねえの」
 どうやら、気づいていたのは親分だけではないらしい。極力気づかれないよう振るまっていたつもりだけど、やっぱり駄目だったか。
 言うべきか、言わざるべきか。ぐるぐると迷って、やっぱり言うのは嫌だという方に傾いて。
「……大食堂で、お姫様に言ったことなんだけど」
「……まだその話すんのかよ……」
 エースが嫌そうに顔を顰める。片付け中、デュースたちに散々からかわれたので恥ずかしいんだろう。ちなみに、私はオルトくんから録画データを貰うことになっている。永久保存するつもりだ。
『一緒に泣いたり笑ったりできる奴。んで、どんなに辛い時でも一緒に頑張れる奴』
 タキシード姿を見た時以上に、惚れ直してしまった。あの時はときめきすぎてその場に崩れ落ちてしまうんじゃないかと必死で足腰に力を入れていたぐらいだ。
 ……まあそれも、面と向かって言われたのはお姫様なわけだが。
「本当にね、いいなぁって思ったんだよ。例えその場凌ぎの言葉だったとしても。私はすごく好き」
 できることなら、その誰かが私であればいいと願ってしまうくらい。
 なんて、こんなこと言えばきっと五百年分くらい重たくなるだろうな。
「っ、お前さぁ……」
 からかわれた時みたいに、エースの顔や耳が赤く染まる。それがなんだか可愛くて、ついつい笑ってしまった。
「言いたいこと、それじゃねーだろ」
「……何が?」
「この服着る前ぐらいから、機嫌悪かったじゃん」
 誤魔化されてくれないかぁ。
「別に。なんでもないよ」
 どうしても言いたくなくて足早に歩き出せば手を掴まれる。
「逃げんなよ」
「逃げてない。早く帰って寝たいだけ」
「それが逃げてるっつってんの。……こっち、向けよ」
 首を横に振れば、溜め息が聞こえてくる。呆れられたかな。そうだよね。でも言いたくない――
「っ⁉︎」
 掴まれた手を強く引っ張られてバランスを崩してしまう。後ろにいたエースにもたれかかるようになり、エースの腕が私の前に回った。いわゆるバックハグの状態である。……逃げ場が、ない。
「なんでご機嫌斜めだったわけ?」
 どうしても言わせたいらしい。今度は私が溜め息をつく番だった。
「……言っても笑わない?」
「笑わない笑わない」
「嘘だぁ……」
「決めつけんなよな。マジな理由だったら笑わないって」
 いまいち信用ならない。けど、黙っていたところで許してくれなさそうだし、これ以上強引な手を使われるのは困る。
「エースが、ゴーストのお姫様にプロポーズするのが嫌だった」
「……は?」
「本心じゃなくても、そういう作戦なんだってわかってても。エースが他の人に好きだよって。結婚してくださいって言うのを見るのが嫌で、一緒に結婚式場に乗り込みたくなかった」
 この作戦に全然乗り気じゃなさそうなエースを見て、ほっとしてた。でもリドル先輩の言葉に乗せられて、お姫様を惚れさせてやるとか宣言して。そんなかっこいい格好するし、めちゃくちゃいいこと言うし……。
 でも、エースはお姫様にプロポーズしなかったし、お姫様もエースを好きになることはなかった。後半に関してはちょっと見る目ないなって思ったけど、正直安心したところが大きくて。
 こんなもやもやした思いをわざわざ伝える必要はない。そう思って隠してたのに。
「お前、お姫様にヤキモチ妬いてたの……?」
「…………うん」
 つまりは、そういうことだ。
 頷いた後、エースが何も言わなくなったので不安になる。確かに笑うなとは言ったけど、だからって沈黙されるのもそれはそれで辛い。
 と思っていたら、前に回っていた腕が両肩に移動してくるりと回転させられる。こちらを見下ろすエースの顔は先ほどと同じで赤く染まったままだ。
 だけど、何か言いたげな、それでいてどことなく優しげな表情をしている。
「え、エース……?」
「ホント、可愛いよ。お前」
「ふぁっ⁉︎」
 いつもより少し低くて甘い声で吐き出された言葉に驚いたのも束の間、ぎゅっと強く抱き締められる。
「きゅ、急に何を」
「なんかもう、いちいち可愛い。好きだわ」
「ままま待って、むり、ちょ、エース……!」
 二人きりになると好き、とか可愛い、とかよく言ってくれるようになるけど、ここまで甘ったるい雰囲気で言われることはあまりない。
 慣れてなくて頭の先から爪先まで茹ってしまいそうだ。
 しばらくの間抱きしめられており、キャパオーバーになってしまった私は目を閉じてひたすら耐えていたのだが。
 腕の力が緩んできたので、様子を窺うためそっと目を開けてみる。
 すると、それを待っていたかのように楽しそうな顔をしたエースの口が私のそれに触れる。
「っ⁉︎」
「……今のところ、お前にしかする予定ないから」
 リップ音を立てて唇が離れた後、言葉の意味を考える余裕がなくて「な、なにを……?」と尋ねれば、にんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言われた。
「プロポーズ♡」
「……ひえ……」
 魂が口から出ていきそうになりながらも、心の奥底で期待していたその言葉に声を震わせながら「待ってる」と返した。

2023年7月11日