たぶん、餌付け感覚(リリア・ヴァンルージュ)

 道中にちょうどいい野営地が見つからず、携帯食料を摘まみながら先へと進むことになった。
 分けてもらった干し肉に噛みつくも、あまりの硬さに引き千切ることすらできない。
 干し肉って……こんな硬いんだなぁ……。
 行儀が悪いことはわかりつつも、柔らかくなるようにと表面だけ味わうように食んでいたら、すぐ近くにいたリリア先輩――今は学生になる前なのでリリアさんと呼んでいる――に胡乱げな眼差しを向けられた。
「何してる。さっさと食え」
「す、すみません。噛み切れなくて……」
「噛み切れねぇだぁ? 赤ん坊かお前は」
「……すみません……」
 全て立派な永久歯だが、噛めないのは事実。なんだか情けなくなって遠い目をしてしまう私を見かねたのか、苦笑気味のシルバー先輩がこちらに寄ってくる。
「アヅサ、食べやすいように小さく切ってやる」
「先輩、ありが――」
「その必要はねぇ。貸せ」
「えっ」
 リリアさんに持っていた干し肉を奪われる。未来と変わらず可愛い顔をしながらも豪快に噛みついて引き千切ると、もぐもぐ咀嚼し始めた。
 ご飯……とられた……。そう思ったのもつかの間。
 後頭部に手を回されたかと思うと、リリアさんの顔が急速に近づいてきて――唇に、何かを押し付けられた。
「!!!?」
 戸惑いながらも抵抗するが、根負けして口を開くと押し付けられていたものが流し込まれる。舌に広がるのが、さっきまで食んでいた野性み溢れる肉の味だと気づいたときにはごくんと飲み込んでいた。
「……ったく。手間掛けさせやがって。もたもたするな。行くぞ」
 手の甲で口を拭いながらさっさと歩いていってしまうリリアさんを、呆然と見送る。
「ア、アヅサ。止められなくてすまない。本当にすまない……!」
 若干顔色の悪いシルバー先輩に謝られながら、ついさっき起こってしまった事を整理する。
 リリアさんにとられた干し肉が、今は口の中にある。それも、小さく柔らかくなって。それはつまり、リリアさんが自分の口の中でほぐしたものを、私の口に移動させたってことで。――俗にいう、口移しをされた、と。
「……シルバー先輩」
「! なんだ?」
「これって、リリア先輩の夢の中なんですよね。私たちも夢を見ているんですよね」
「ああ、そうだな」
「……じゃあ、ノーカンで……いける、はず……」
「……そう、なのか?」
「夢ですからね。夢ですから」
「……アヅサ」
「これは夢。現実じゃない。それでいきましょう。ね?」
「……」
「ね!!」
「…………そうだな。夢だ」
 シルバー先輩が、どこか曖昧な笑みを浮かべる。私も笑顔を返した。……恐らく、めちゃめちゃ引きつっているが。
 とりあえず、今思うことは。
 この夢が覚めたとき、リリア先輩がこのことを忘れていますように。ただそれだけだった。

2023年7月9日