あなたはぼくの特別なひと

 仕事を終えて事務所に戻ると、簡易のミーティングスペースからひょこりと要くんが顔を出した。
「五十鈴さん、少しいいですか」
「うん、大丈夫だよ」
 どこか落ち着かない様子で声をかけられたので、安心させようとにっこり笑いかける。
 彼に手招きされてミーティングスペースに行くと、可愛らしいデザインの小さな紙袋を差し出された。
「……バレンタインの、お返しなのです」
「ありがとう……!」
 じわじわと頬が熱くなる。お礼を伝えた声が少しばかり震えてしまったのを、彼は気づいただろうか。
 日頃の想いを込めた手作りのチョコレートを手渡してから、もう一ヶ月も経つんだなぁと思うとなんとなく不思議な心地だった。普段の生活やお仕事で、あっという間に時間が過ぎていく……というのは以前と同じなんだけど。
 要くんが元気になって――一緒にいる時間が増えてからは、もっと早く進むようになった気がする。
 それが嬉しいような、勿体ないような……なんて、贅沢な願いだろうか。
「五十鈴さん?」
「あっ、えっと、中、見てもいい?」
 ついぼんやりしてしまって、要くんに怪訝そうな目を向けられる。誤魔化すように確認すれば、こくりと頷かれた。
 慎重に紙袋の封を外し、中に入った小箱を取り出す。リボンがかけられたそれを解いて開けば、うさぎのイラストがプリントされたマカロンが二つほど現れた。
「可愛い……!」
「気に入ってもらえましたか?」
「うん! すっごく可愛いよ。要くん、本当にありがとう」
「喜んでもらえてよかったのです。まあ、ぼくが選んだものですからね。当然なのですが!」
 ふふんと誇らしげに鼻を鳴らした彼は、何かに気がついたような顔をした。
「要くん、どうしたの?」
「……五十鈴さんは、マカロンを贈る意味を、知っていますか」
「マカロンの、意味?」
 首を傾げると「知らないのならいいのです!」と顔を背けられる。
「な、何か意味があったの? よかったら、教えてもらってもいい……?」
「た、大したことじゃないので! ぼくは、この後お兄ちゃんと予定があるので失礼するのです!」
「あっ、要くん……!」
 足早に立ち去る彼に危ないよと声をかける前に、軽く躓いて転けそうになっていた。それでも立ち直ってさっさと駆けていく姿を見送る。
「……マカロンの、意味かぁ」
 箱を紙袋の中に戻してから、スマホを取り出す。ネットを開いて検索をかけると、すぐに見つかった。
「……ひゃあ……」
 彼が私にマカロンを贈った意味。それを理解して間もなく、火が出そうなくらい熱くなった顔を両手で覆ったのだった。