妖精王子とうさぎ姫(多賀根五十鈴)

 足首の後ろ側がずきずきと痛む。……多分、靴擦れしちゃってるんだろうな。
 今日の衣装で履いていた靴は少しヒールが高くて、まだ新しいものだったから足に馴染んでいなかった。
 仕事柄、こういうことは珍しくないし我慢できないほどじゃない。そう言い聞かせて歩いていると、深い青色の髪が視界に入る。
「あづさちゃん!」
「はい! あ、五十鈴さん……」
 元気に返事をしてくれたあづさちゃんが照れくさそうに笑う。「誰かと思っちゃいました」と頬を掻きながらこちらへと駆け寄ってきてくれた。
「お仕事帰りですか?」
「そうなの。あづさちゃんは?」
「私も一段落ついたところで。少し休憩しよっかなぁと思ってたんですよ」
「じゃあよかったら、一緒にお茶でもしない?」
「いいんですか?」
「もちろん!」
 にこっと笑いかけると、あづさちゃんも柔らかく微笑んで――不思議そうに首を傾げた。
「……五十鈴さん、もしかして体調悪かったりします……?」
「えっ、ど、どうして?」
「いや、なんとなくなんですけど。ちょっとしんどそうに見えたので」
 突然の言葉にどきりとしてしまう。……あづさちゃんって、時折ものすごく察しがいい。
「えっと、足首のとこ、靴擦れしちゃったみたいで……」
「痛むんですか?」
 こくりと頷く。するとあづさちゃんは自然な動作で私の手を取った。
「ちょっとそこに座りましょう。私、絆創膏持ってますから」
「これぐらい大丈夫だよ……?」
「痛むのなら大丈夫じゃないです」
 きっぱりと言い返されて、あづさちゃんに手を引かれるがまま近くのベンチに座らされる。
「靴、脱がせますね」
「あっ……」
 私の前にしゃがみ込んだあづさちゃんに靴を脱がされる。恥ずかしいけど、真剣な眼差しで私の足を見るあづさちゃんに何も言えない。
「ほんとだ。これは痛かったでしょう」
 眉をひそめたあづさちゃんは、自分の膝の上に私の足を置いて、下げていたショルダーバッグから絆創膏を取り出した。
 足首にそっと絆創膏を貼ると、丁寧に靴を履かせてくれる。
「こっちの足も失礼しますね」
 反対側の靴も脱がされかけたので慌てて止めた。
「そっちは痛くないよ……!?」
「念のため、です」
 上目遣いでじーっと見つめられると言葉が出てこなくなる。
「……少し赤くなってますね。一応貼っておきましょう」
 そう言って、あづさちゃんは絆創膏をぺたりと張る。優しい手つきで私に靴を履かせると、顔を上げてにこりと笑った。
「これでもう大丈夫」
「あ、ありがとう」
 なんでだろう。あづさちゃんがきらきら輝いて見える。じわーっと頬が熱くなって、胸がどきどきしてきた。
「五十鈴さん?」
「……王子様、みたい」
「えっ?」
「あづさちゃん、なんだか王子様みたいだなって」
 思ったことを口にすると、あづさちゃんはぱちぱちと瞬きをする。それから、ふっと小さな笑い声を漏らした。
「それじゃあ、五十鈴さんはシンデレラですね」
「私がシンデレラ……!?」
 あづさちゃんが私の前に手を差し出す。
「五十鈴姫。よろしければ、あなたの時間を私に与えてはくれませんか?」
「えぇっ……!?」
 あまりにも様になったお誘いに、ますます頬の熱が上がってしまう。
「……あはは、なんちゃって。お茶しに行きましょうか」
 すくっと立ち上がったあづさちゃんの手が遠ざかっていく。それがなんだか悲しくて、ぎゅっと掴んでしまう。
「っ、ご、ごめんね、急に……」
 慌てて離そうとすれば握り返される。あづさちゃんの顔を見ると、ほっぺたがほんのり桃色に染まっていた。
「……このまま、行きませんか?」
「……うん……」
 華奢な指先が、私の指と絡み合う。伝わる体温が心地よくて「どこに行きます?」と問いかけるあづさちゃんに、ここから一番遠いカフェの名前を答えていた。