肖像に恋して(莎草飛鳥)

「――あ」
 仕事でスタプロに寄った帰り、とあるポスターが目に入り足を止める。
 化粧品メーカーの新作コスメを紹介しているそれのイメージキャラクターとして写っていたのは、よくよく見知った人物だった。
 莎草飛鳥くん。スタプロのアイドル。黒髪を艶やかに輝かせ、青みがかった黒い瞳がどこか蠱惑的にこちらを見つめている。中性的な顔立ちと相俟ってとても美しかった。美術品みたいだ。
 恐らくそういうコンセプトなのだろうが、普段の印象と違って少しドキリとしてしまう。
 年齢は確か私の一つ年下のはずだけれど、それよりも幼く思える無邪気さと、どんな相手に対してもぐいぐいと積極的に関わる社交性を持つ彼。人見知りコミュ障の私とは正反対だ。
 そんな私はなぜだか彼に懐かれた、というか……鈍感と言われがちな私にもわかるほどの好意を向けられている。子犬のような彼が可愛くて、ついつい絆されてしまいそうになるが……結局、保留にしてしまっているのが現状だ。
 嫌なのか、と問われればそれはNOだ。では恋愛的な意味でその想いに応えられるのかと聞かれると……よくわからない。
 ポスターに近寄って、端正な顔をまじまじと見つめる。いつもはこんな風に見つめることができないので、改めて彼の美しさを思い知って感嘆の息が漏れる。
 ……正直な話、外見はドストライクだ。このポスター持って帰って一日中見つめていたいくらい。
 こんな綺麗な子が、私に人懐っこい笑顔を向けて『好き』だと言ってくれる。私を見かけたら名前を呼んで駆け寄ってきてくれるし、頭を撫でると嬉しそうにするのも可愛い。
 私は、飛鳥くんを――
「何見てるんですか?」
「ひょわっ!?」
 突然声をかけられて、跳び上がるほど驚いた。
 慌てて後ろを振り返れば、さきほど見ていたポスターに写る人物が不思議そうに首を傾げて立っている。
「あ、あ、飛鳥、くん……」
「おはようございます、あづささん」
 にこりと笑った飛鳥くんは、ちらりとポスターに目を向けて「あ、この前撮影したやつだ」と呟く。
「……俺のポスター、見てたんですか?」
「……うん……」
 まさかの本人にバレてしまったのが気恥ずかしくて俯くと、飛鳥くんの手が頬に触れた。
「ひえっ、あの、飛鳥くん……?」
「あづささん、こっち見て?」
「えっ、今は、その、ちょっと……」
「……ポスターの俺はじーっと見ていられるのに?」
 どこか拗ねたような声色に顔を上げると、案の定不機嫌そうに口を尖らせた彼と目が合う。
「お仕事の成果を見てもらえるのは嬉しいけど、どうせなら『俺』のことを見ててほしいです」
「……ぜ、善処、します……」
 なんて返しながらもすぐに限界が来て視線が泳いでしまう。心臓はけたたましいくらい音を立てて動いているし、それに合わせて体温も急上昇していた。
「あづささん、だめでしょ」
「へ……」
 飛鳥くんの手がむにっと私の両頬を挟み込む。そのまま引き寄せられて、彼の中性的な顔がすぐ目の前まで近づいた。
「俺から目を逸らさないで」
 あまりにも唐突な事態に、私の脳内キャパシティは一瞬で限界を迎えて破裂した。
「……あづささん?」
 遠のく意識の中、名前を呼ばれたのだけはわかったが応えることはできそうになかった。

「おい飛鳥、何してるんだ?」
「あつし、どうしよう」
「ん?」
「あづささんが気絶しちゃった……」
「ほんとに何やってんだ!?」
――数時間後、医務室にて目を覚ましたあづさに平謝りするあつしと、お見舞いのお菓子を食べさせる飛鳥の姿があったという……。