ゆめごこちデート

 ずっと気になっていたけど、仕事が忙しくて見に行くタイミングを逃してしまった映画が動画配信サービスで見られるようになった。
 マヨくんに「一緒に見ない?」とお誘いをかけると「もちろんですぅ」と言ってもらえたので、お気に入りのお茶やお菓子を用意してマヨくんを我が家にお招きした。今日はおうちで映画鑑賞だ。
 予定の時間より少し早めに訪れたマヨくんの手を引いて、ホームシアターのあるお部屋へと案内する。
 マヨくんとおうちデートするこの日が楽しみでしょうがなかったわたしは、自分でもわかるほど足取りが軽い。だからこそ、足下が疎かになっていたのだろう。
 お部屋について、お茶菓子を用意したミニテーブルとソファーの傍まで近づいたときだった。
「きゃっ……!」
 爪先が僅かにカーペットに足を取られ、バランスを崩してしまう。
「っかすみさ……!」
 マヨくんの慌てる声を聞きながら、衝撃に備えてぎゅっと目を閉じる。
 ぼすんと音を立てて、ソファーがわたしの体を受け止めたのがわかった。
 それにほっとしながらも、ゆっくりと目を開ける。
「えっ……」
「あ……」
 すぐ目の前に、天井を背にしたマヨくんがいる。
 片方の手はしっかりとわたしの手を握り、もう片方の手は体を支えるようにしてソファーの背もたれに置かれていた。
 マヨくんの綺麗なお顔が、火がついたように赤くなる。
「すすすすみませぇん!!」
 勢いよく距離をとったマヨくんが両手で顔を隠して、わたしに背を向けてしまう。
 離れてしまった手と背中を向けられたことを寂しく思いながら身を起こしつつ、わたしもマヨくんに謝る。
「ま、マヨくんは悪くないよ。わたしが引っ張っちゃったからだよね。こちらこそごめんなさい……!」
 先ほどの光景を思い出して、じわじわと頬が熱くなる。
 あれって、お友達から借りた漫画に載ってた『床ドン』っていうのかな……でもこの場合は『ソファードン』になるのかも……?
「いえ私がもっとしっかりかすみさんを支えていればあんなことにはならずに済んだんですぅぅ……」
「……マヨくん」
「な、なんでしょう……?」
「わたしね、実は今すっごくどきどきしてるの」
「え……?」
 マヨくんがちらりと少しだけこちらに顔を向ける。
「さっきの、まるで物語の中のシチュエーションみたいで……それをマヨくんとできるなんて、なんだか夢みたいだなって思っちゃった」
「……かすみさん……」
「マヨくんも、どきどきしてる?」
「…………はい、とても」
 小さな声で頷いてくれたマヨくんは、自分の胸元にそっと手を当てる。
「今にも心臓が飛び出してきそうなくらいです……」
「ふふ、それは困っちゃうね」
 くすくす笑うと、マヨくんも釣られたようにはにかんでくれた。
 わたしは立ち上がって、マヨくんの傍まで近寄る。そしてもう一度、マヨくんの手を取った。
「一緒に映画を見ませんか?」
 改めてお誘いすると、マヨくんはわたしの手を握り返した。
「私でよければ、喜んで」
「マヨくんがいいんだよ」
「……はい」
 真っ赤なお顔をしたマヨくんの手を引いて、今度は何事もなくソファーに座る。
 二人で寄り添って、手を重ねて、時折目が合って微笑む。
 こんな時間がいつまで続けばいいのにな。
 そんな温かな気持ちを抱いて、わたしは今日のおうちデートをめいっぱい楽しんだのだった。