音を立てないよう、玄関のドアを開けて滑るように中へ入る。天井の小さな明かりだけを頼りにして奥へと進む。
今日は仕事が長引いてしまい、家に着く頃にはとうに日付が変わってしまっていた。
『遅くなります』とかすみさんには連絡して『わかった。お仕事がんばってね』と返ってきたので、きっと先にベッドで眠っているだろう。
奥にあるリビングダイニングとなっている部屋も必要最低限のライトがついているだけだった。
一息つくために水を飲もうと、ダイニングのすぐ傍にあるキッチンへと向かう。
「……かすみ、さん?」
ふと、ダイニングテーブルに人影があることに気がついた。
恐る恐る近づくと、パジャマに着替えたかすみさんがテーブルに顔を伏せている。
すうすうと小さな寝息が聞こえてくるので、きっと私を待っている間に寝落ちてしまったのだろう。
連絡したとはいえ帰りが遅くなってしまったことを申し訳なく思うと同時に、かすみさんの体勢に私は悶絶した。
かすみさんは両手をテーブルについて、その上に顔を乗せるようにして眠っている。どこからどう見ても猫がよくする『ごめん寝』にしか見えない。
「っ……!!」
あまりの可愛らしさに声が漏れそうになるが手で押さえつつ、服のポケットからスマホを取り出す。
無音カメラのアプリを開いて、あらゆる角度からかすみさんを撮影した。
一頻り撮って満足してから、起こさないよう慎重にかすみさんを抱き上げる。
寝室まで運び、ベッドに下ろすとかすみさんの表情がふにゃりと柔らかくなった。
「……待っていてくださって、ありがとうございますぅ……」
眠っているのをいいことに、柔らかな金の髪を梳いて頬に口づける。
「んぅぅ……まよ、くん……」
起こしてしまったか、と体が強張るがどうやら寝言だったらしい。
もぞもぞと体を動かした後、また穏やかな寝息を立て始めた。
ほっと息をついてから、再びスマホを取り出す。
先ほど撮った写真の数々を順番に眺めながら、一番綺麗に撮れたと思うものをホーム画面の壁紙に設定した。
帰りが遅くなることには気が滅入ってしまったが、こんなに愛らしいかすみさんの姿が見られたことだけは不幸中の幸いだと言ってもいいだろう。
彼女とお揃いで買ったパジャマに着替えてから、穏やかに眠る彼女の隣に横たわる。
朝が来て、かすみさんの「おはよう」と「おかえりなさい」が聞けることをひそかに待ち侘びながらもゆっくりと目を閉じた。