ESには妖精がいる。――もちろん、そう呼ばれているだけで本物じゃない。いや、本当に『妖精』と呼ばれる生き物がいるのなら、きっと彼女のような姿をしているものもいるのではないだろうか。
ESの妖精こと、P機関所属の事務員である吉光あづささんはまさに『妖精』という表現が似合う可憐な女性だ。
肩の辺りまで伸ばした、夕暮れの深い青色に染まった髪。憂い気に伏せられた薄い灰色の瞳。雪のように白い肌は、華奢な体躯と相俟って儚げに見える。
人目を避けて仕事をしているようで、彼女を見かけた人には幸運が訪れるとまことしやかに囁かれており、ESで働く人間にとってはマスコットキャラクターのような存在だ。
そんな彼女と俺は、現在一緒に並んで歩いている。
数分ほど前、今日のレッスンを終えた俺はコーヒーでも買いに行くかと自販機求めてビル内を歩いていた。
考え事しながらぼんやり歩いていたため、曲がり角の向こうから人が来ていることに気づかずぶつかってしまったのだ。
「うわっ、す、すみませ……」
「こちらこそすみません……大丈夫、ですか?」
「!!!?」
柔らかなアルトボイスで、困ったように眉をやや下げながら俺に声をかけてきたのは。
見かければラッキー、挨拶できればその日一日絶好調になれると噂の『ESの妖精』。
吉光あづささん、その人だった。
「あの……?」
「だだだ大丈夫ですめっちゃ元気です!!」
「そ、そうですか」
出会えた衝撃のあまり大きな声で返事をすれば、吉光さんはびくりと震えて後ろに下がった。
怖がらせてしまった……変な奴と思われたかもしれない……。
何を隠そう、俺もこのESに多く存在する『ESの妖精』ファンの一人であり、彼女に淡い想いなんかを抱いちゃったりしている男の一人だ。
いつか一緒にお仕事したりなんかして! あわよくば仲良くなってご飯を食べに行ったりなんかして! 周りに内緒でこっそりデートなんかしちゃったりして!? という妄想の一つや二つ繰り広げたことだってある。
そんな憧れの彼女が、今俺の目の前にいる!
「えっ、と、それでは、失礼します……」
「ま、待ってください!」
ぺこりと頭を下げた吉光さんが歩き出したのを慌てて引き留める。
「あ、あの、荷物! 運ぶの手伝いますよ!」
吉光さんは両手にいっぱいの荷物を抱えていた。書類らしき紙の束が入った紙袋や、衣装の切れ端らしき布なんかが大量に入った袋など、見るからに重そうだ。
「え? あ、いや、そんな……大した荷物ではないので……」
「いやいやいや!? すごく重そうですし!? ぶつかったお詫びも兼ねて、ね!?」
我ながらめちゃめちゃ必死である。しょうがないだろ。こんなまたとない機会逃せるか!
「…………では、お言葉に、甘えて。こっちの袋、おまかせしてもいいですか……?」
「もちろんです!」
差し出された布きれの入った袋を受け取る。やはり結構重い……あんな細腕で持つものじゃねえよ……折れちゃったらどうする……。
「もう少し行った先にある、会議室まで運べれば大丈夫ですので……」
「わかりました。行きましょうか!」
――というわけで、俺は吉光さんと並んで歩くという夢のような時間を過ごしている、というわけだ。
「い、いつもこんな荷物を運んでるんですか?」
「……いえ、そんなわけでは……今日はたまたま、こういうお仕事があっただけで……普段は、そうでもない、です」
「そうなんですか〜。大変ですね」
「……大変、ですけど、アイドルの皆さんも、頑張っていらっしゃいますから……」
い、いい子かよ〜〜〜〜!! やば、性格もいいとか天使か? 妖精で天使だったのか?
「……あの、もしかして、レッスンの途中、でしたか?」
「え?」
「練習着、だから……」
「あ、いや、ちょうど終わって、帰ろうかな〜って思ってたところだったんですよ」
「そうだったんですか……練習終わりで疲れてるのに、手伝ってもらって……申し訳ないです……」
「そんな! もう全然! 元気いっぱいなんで!」
吉光さんと話してるだけでテンション爆上がりだよこっちは!
「……なら、いいんですけど」
ほんの一瞬、ふにゃりと吉光さんが笑う。それを見るだけで、体中の血液が目まぐるしく体内を循環し始めたような感覚に陥った。
か、かわ、可愛い……可愛いが過ぎるぞ……話ができるだけでも奇跡なのに、こんな近くで笑顔が見られるなんて……もしかして今日、俺は死ぬ……?
「あっ、ここで大丈夫です」
どうやら、目的地の会議室についてしまったらしい。
この夢のような時間が……もう終わり……。
「あの、ありがとうございました。すごく助かりました」
「い、いえ……」
「私も、これで今日の仕事終わりなんです。一緒に運んでいただいたおかげで、少し早く帰れます」
そ、それって、まさか。
この後は、お時間があると、いうことですか!!!?
「あっ、あの!」
「はい?」
「あの、もし、よければなんですけど、こ、この後、俺と一緒に――!」
食事でも、と言い切る前に、そいつは現れた。
P2 椎名ニキ
P3 天城燐音
P4 ???
P5 ???