理解したい理由はわからず(宮本伊織)

 古今東西、様々な英霊を統べる者。凄まじき人物……というわけでもなく。その形だけで判断すれば、至って普通の女子であった。
 朗らかに笑い、数多の人物から気さくに声を掛けられ、それに快く応じる。時折、大小や多少にかかわらず騒動に巻き込まれては苦く微笑みながらも解決を目指す。
 心根の善い人柄だと思う。しかしながら、その穏やかさにふと影がかかることも気がついていた。
 知りたい、と空に瞬く星のような瞳を覗くが、どうやら目を合わせるのは不得手らしい。申し訳なさそうに伏せられてしまう。
 誰しも、他人には知られたくない密事があるだろう。理解してはいる。いるのだが――
「それでも俺は、知りたいのだ。故に、そこを退いてはくれまいか。――ヘシアン殿」
 行く手を阻む、首無しのつわものは得物を構える。ひしひしと肌を刺す剣気に、もはや力尽く以外の手段はないのだと悟った。

◇◆◇

 ああ、またやっているな。
 外の騒がしさに気がついた大狼は、特に何をするでもなく伏せている。
 縁あって大狼の片割れとなっている首無しの騎士が、縄張りを侵す何者かを追い払うのはよくあることだった。
 理由はただ一つ。大狼の腹に埋もれて眠る少女に会うためだ。
 規則正しい寝息を立てるその少女は大狼と騎士の主であり、『人間』を恨む彼らが心を砕く数少ない存在でもある。
 少女は大狼にひどく懐いていた。召喚したばかりの彼に噛み砕かれそうになっても「気安く触れようとした私が悪い」と寂しげに笑うだけで済ませた。
 そのうち大狼は、愚かで弱い少女が寄り添うことに何も言わなくなった。好きにすればいいと諦めたのだ。
 しばらく剣戟の音が鳴り響いていたが、止んだと同時に扉が開く。入ってきたのは侵入者だった。もっとも、大狼は開ける前から片割れの反応が鈍くなったことで気がついていた。
「……騒ぎ立てて申し訳ない」
 身体のあちこちに傷を負った若い男が頭を下げる。大狼は答えない。金色に輝く瞳で、ただ真っ直ぐ男を見据えている。
「我が主に、お目通り願いたいのだが」
 男も、大狼から目を逸らさない。氷のように冷たく澄み切った面持ちながらも、腰に佩いた二刀をいつ抜いてもおかしくない気迫を纏っていた。
 沈黙を保っていた大狼は、億劫そうに立ち上がる。彼の腹からずるりと滑り落ちた少女が間の抜けた声を上げた。
「ろぼ……? どうしたの……?」
「あづさ」
 寝起きの舌足らずな声で大狼を呼ぶ少女に、男――宮本伊織が声を掛ける。
「…………いおりくん?」
 不思議そうに何度も瞬きを繰り返す少女――あづさに、伊織は頷いた。
「お前と話がしたくて迎えに来た」
「……ヘシアンと喧嘩したの?」
「喧嘩、というよりは腕前を試されたようなものだと思う」
「……廊下、壊した?」
「それについては面目ない。管制部には後で謝罪に行く」
「そっか……」
 あづさは小さな欠伸を漏らした後、大狼――狼王ロボの身体に手をつきながら身体を起こした。
「ロボ、今日もありがとう。……いつもごめんね」
 指先でかりかりと彼の背を撫でて、ゆったりと歩き出すあづさの姿をロボは静かに見守っている。
「伊織くん、行こっか。……お話しする前に、医務室行った方がいいね」
「この程度なら支障は無い。……握り飯でも食えば直るだろう」
「食いしん坊みたいだなぁ」
「それは……セイバーのことでは?」
「あっ、タケルさんに言ってやろ」
「……すまん。黙っててくれ」
 入ってきたときとは裏腹に、緊張感もなく去っていく二人に、興味をなくしてしまったロボは眠りにつく。
 これもまた、彼にとっては日常茶飯事なのだった。

2024年2月15日