この衝動に意味はない(オベロン)

 嫌われてはないのだろうな、とは思っていた。
 しょっちゅう私の部屋にいるし、素材集めだって皮肉っぽいこと言いながらもついてきてくれる。バレンタインのチョコだって、受け取ってくれただけじゃなくてお返しもくれた。だからきっと、それなりに信用はされているのだろうと。
「……あの、オベロン?」
 しかし、今の私は彼への対応をどうすればいいのかわからなくなっていた。
 ――遡ること数十分前。本日の業務を終えて部屋に戻ってきた私を出迎えたのは、ベッドの上に寝転がる黒いもふもふだった。
「オベロン、来てたんだね。いらっしゃい」
「……おかえり」
 珍しい。返事してくれた。
 真っ白な姿の彼はどこか薄っぺらい微笑みを浮かべながら挨拶してくれるが、この姿の時は基本的に無視してくる。
 何かいいことでもあったのか、むしろ逆か。黒い羽に埋もれた背中からは読み取れない。
 何はともあれ、返事をしてくれたのは嬉しい。そんな気持ちを隠すことなく表情に出しながら、ストレージに仕舞っているティーセットを取り出す。
「オベロン、私お茶淹れるけど飲む?」
 のそりと起き上がって悠々と歩み寄ってきたかと思うと、冬の空にかかる雲に似た瞳が無機質に見下ろしてくる。
「オベロン?」
「いらない」
「へ?」
 手首を掴まれて、持っていたカップを落としかける。慎重にテーブルへ置くと、それを見計らったように掴まれた腕を引っ張られた。もつれそうになる足を動かして、半ば転倒するような形でベッドに倒れ込む。
 身を起こす間もなく、何かがのし掛かった。漏れ出た呻きには一切反応せず、人を踏み台にして隣に寝転んだオベロンは私の背中に腕を回した。
「……あの、オベロン?」
 これは一体どういう状況なんだろう。私の認識が間違っていなければ、抱き締められているような気がするのだけれど。
 まさか人肌恋しい……みたいなことだろうか。おかえりって言ってくれたし。寂しかった、とか? いやでも単独行動してる方が気楽そう、というか……。白い姿の時はともかく、この姿の時は私の部屋に他の誰かがいると絶対来ないし……。
「うるさい」
 低い声が頭上で響く。同時に、背中に回った腕の力が強まった。……し、締め上げられる……?
「捕って喰ったりしないよ。だから身体の力抜いてくれないかなぁ……抱き心地の悪い抱き枕なんて存在する意味がないだろう?」
「抱き枕……」
 もはや人間として扱われるどころか無価値のレッテルを貼られてしまった……。まあ、彼の口が悪いのはいつものことなので深く気にしない。
「オベロン、眠いの?」
「見てわからない?」
 だから横になってるんですよね〜……わかりきったこと聞いてすみません。
「えっと、じゃあ……おやすみ?」
「……」
「あ、ごめん、一つだけ聞いてもいい?」
「…………」
「後で、一緒にお茶してくれる……?」
「………………どうぞご勝手に」
 彼なりの了承だと判断して、この後のお茶の時間を楽しみにしながら静かに抱き枕としての役目に徹した。

2023年9月10日