想い人待つ花の園

 今日は私と零さん、ちえりちゃんと羽風さんの四人で晩ご飯を食べに行く約束をしていた。一足先に仕事を終えた私はちえりちゃんと合流して、お茶をしたりショッピングをしながら待ち合わせの時間まで時間を潰していた――のだが。
 零さんから『仕事が長引きそうなので今日は無理せずに帰ってもいい』という連絡が来たのだ。
「薫くんたち、遅くなるみたい」
 ちえりちゃんの方にも羽風さんから同じようなメッセージが届いたらしい。眉を下げて微笑まれた。
「あづさちゃん、私薫くんのこと待とうと思う」
 微笑みを絶やすことなく宣言するちえりちゃんに、内心苦笑する。……ちえりちゃんならそういうと思った。
 ちえりちゃんは、どんなに遅くなっても羽風さんが来るのを待つだろう。そんな彼女を放っておくことはできない。……流石に日付が変わるなんてことになったら、迎えを呼んで無理矢理お家まで送ろう。
「うん。私もそうしようと思ってた」
 私の言葉に、ちえりちゃんはちょっとだけ驚いた顔をする。あえて何も言わず笑顔を返すと、再び表情を綻ばせてくれた。

◇◆◇

 零さんと羽風さんが現れたのは、ご飯を済ませるために入った近くのファミレスのラストオーダーが終わり、待ち合わせ場所でお喋りの続きを始めてから三十分ほど経った頃だった。
 やっぱり、といった様子でちえりちゃんの元に駆け寄り声をかけている羽風さんの姿を見てほっと息をつく。
「お役御免、って顔をしておるのう」
「……零さん」
 万人が見蕩れるであろう美しい顔をほんの少しばかり不機嫌そうにしかめた零さんが、そっと私の頬に触れる。
「遅くなるから帰りなさい、と伝えたつもりだったんじゃが?」
「……待っていたかったので……」
「……そうだとしても、こんな遅い時間に女の子二人だけでおるなんて危ないじゃろう」
「えっと、一応……ついさっきまでファミレスにいましたし……ここも、明るい場所ですし……」
 人通りもそれなりにある、治安もそんなに悪くない場所だ。……けれど、零さんは難しい顔をしたままだった。
「何事にも絶対はないんじゃよ、あづさちゃん。……お主に何かあったら不死者の我輩でも心臓が止まってしまうわい」
「……ごめん、なさい」
 これ以上言い訳するのは、零さんに悪い。そう思って素直に謝ると、零さんはようやく表情を緩める。
「うむ。……我輩も配慮が足りんかった。あづさちゃんの性格を考えれば、待つことを選ぶのは明白じゃろうに」
 紅い瞳がちらと隣を見る。ちえりちゃんも羽風さんに叱られてしまったのか、小柄な身体が申し訳なさそうに縮こまっていた。叱った本人が一生懸命励ましている。
「薫くんや、慌てとらんと彼女を送ってあげねば」
「あっ、うん、そうだよね。ちえりちゃん、行こっか」
「うん。……あづさちゃん、今日はありがとう」
 ほわ、と笑うちえりちゃんに「こちらこそ。また一緒におでかけしようね」と手を振る。小さく手を振り返してくれるちえりちゃんと、彼女をエスコートする羽風さんの姿を見送った。
「あづさちゃん、我輩たちも行こうか。……温かくなってきたとはいえ、夜はまだ冷える」
 頬に添えられていた手がゆっくりと離れていく。指先が名残惜しそうに唇をなぞっていった。
「我輩を待って冷えてしまった身体を、温めてやらねばならんのう」
 その言葉の真意に気がついて、思わず俯いてしまった。くつりと笑う声が降ってきて、耳に吐息が甘く吹きかかる。
「待たせてしまった分、たっぷり甘やかしてあげようぞ……♪」
 多分、今夜は眠れないかもしれない。そんな予感に、春冷えとは違う理由で全身が震えたのだった。